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第二五話 花開くリンドウ
第二五話 二六
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翌朝。
慈乃がニアと一緒に厨房で朝食の準備をしているとリンドウが姿を現した。子ども達が食堂に集まる時間よりずっと早かったので慈乃はやや驚いていた。
「おはようございます、リンドウくん。今朝はずいぶんと早いのですね」
「……おはようございます」
まさか挨拶を返されるとは思っていなかったので、慈乃はぴたりと動きを止めた。ニアにも聞こえていたらしく、彼女も目を点にしていた。しかしリンドウはふたりの反応に構うことなく、続きを口にした。
「ニアさん、シノさん。昨日はごめんなさい。それに今までのことも、失礼な態度だったと反省しています」
「え……」
「ちょっとちょっとどうしたの……⁉」
しおらしいリンドウの態度に、慈乃もニアも我が目を疑った。あるいは聞き間違いかと己の耳を疑った。
「昨夜ウタに何かされた?」
「いいえ。ただ、このままじゃいけないと思っただけです。……シノさん」
名指しされて慈乃は肩を震わせた。一体何を言われるのか想像もつかない。するとリンドウは竜胆色の瞳で真っ直ぐに慈乃を見上げた。
「あなたには特にひどいことを言ってしまいました。同族嫌悪だって思ってたけど、俺とあなたは全然違った。本当にごめんなさい」
表情こそ淡々としていたが、リンドウの声は切実な響きを帯びていた。リンドウの本心だということはすぐにわかった慈乃は小さく微笑んで見せた。
「もういいですよ。リンドウくんの気持ちはよく伝わりました。それに悪いことばかりではありませんでした。リンドウくんに言われて自分と向き合って、そうして今があるのですから」
当初はリンドウの言葉にひどく傷つき、自分の殻に閉じこもった慈乃だったが、振り返ってみればその出来事がきっかけできちんとした自分なりの答えを見つけ出せたのだと思う。そこに恨みや怒りはない。むしろ彼との出会いには感謝していた。
「私はリンドウくんと出会えて、家族になれて、良かったと思っていますよ」
「……あなたも『家族』だと言ってくれるんですね」
「あたしだって家族だと思ってるんだからね」
黙って事の成り行きを見守っていたニアが口を挟んだ。
「あたしだけじゃなくて、学び家のみんながそう思ってる。やっーと気づいたのね」
「……今からでも、俺は変われるでしょうか。家族になれるでしょうか」
不安げな呟きに、慈乃とニアは顔を見合わせるとリンドウを振り返った。
「なれるっていうかもうなってるんだってば。今までのことがあるから驚きはするだろうけど拒みはしないって」
「そうですよ。それに何かあっても私がお手伝いします」
「あたしもね」
「……ありがとうございます」
リンドウは深く頭を下げると踵を返した。まだ朝早いのでいったん自室に戻るのだろう。その背を見送りながら、ニアが眩しげに目を細めた。
「成長したね、リン」
「はい。……諦めないでいて良かったです」
カモミールの花守の力が効いていないのではないかと心配になることもあったし、リンドウは本当は学び家に来たくなかったのではと不安になることもあった。その度に慈乃の心は大きく揺れた。けれど周りに励まされながら、毎日リンドウの心が癒されるようにと願い、ようやくその努力が実を結んだのだ。
こぼれる慈乃の笑顔は柔らかなもので、慈愛に満ちていた。
「この調子で皆さんと仲良くなってくれると嬉しいです」
「今のリンならきっと大丈夫よ」
ふたりは笑顔を交わして、朝食づくりを再開した。
その日の朝食はいつもより少し豪華だった。
慈乃がニアと一緒に厨房で朝食の準備をしているとリンドウが姿を現した。子ども達が食堂に集まる時間よりずっと早かったので慈乃はやや驚いていた。
「おはようございます、リンドウくん。今朝はずいぶんと早いのですね」
「……おはようございます」
まさか挨拶を返されるとは思っていなかったので、慈乃はぴたりと動きを止めた。ニアにも聞こえていたらしく、彼女も目を点にしていた。しかしリンドウはふたりの反応に構うことなく、続きを口にした。
「ニアさん、シノさん。昨日はごめんなさい。それに今までのことも、失礼な態度だったと反省しています」
「え……」
「ちょっとちょっとどうしたの……⁉」
しおらしいリンドウの態度に、慈乃もニアも我が目を疑った。あるいは聞き間違いかと己の耳を疑った。
「昨夜ウタに何かされた?」
「いいえ。ただ、このままじゃいけないと思っただけです。……シノさん」
名指しされて慈乃は肩を震わせた。一体何を言われるのか想像もつかない。するとリンドウは竜胆色の瞳で真っ直ぐに慈乃を見上げた。
「あなたには特にひどいことを言ってしまいました。同族嫌悪だって思ってたけど、俺とあなたは全然違った。本当にごめんなさい」
表情こそ淡々としていたが、リンドウの声は切実な響きを帯びていた。リンドウの本心だということはすぐにわかった慈乃は小さく微笑んで見せた。
「もういいですよ。リンドウくんの気持ちはよく伝わりました。それに悪いことばかりではありませんでした。リンドウくんに言われて自分と向き合って、そうして今があるのですから」
当初はリンドウの言葉にひどく傷つき、自分の殻に閉じこもった慈乃だったが、振り返ってみればその出来事がきっかけできちんとした自分なりの答えを見つけ出せたのだと思う。そこに恨みや怒りはない。むしろ彼との出会いには感謝していた。
「私はリンドウくんと出会えて、家族になれて、良かったと思っていますよ」
「……あなたも『家族』だと言ってくれるんですね」
「あたしだって家族だと思ってるんだからね」
黙って事の成り行きを見守っていたニアが口を挟んだ。
「あたしだけじゃなくて、学び家のみんながそう思ってる。やっーと気づいたのね」
「……今からでも、俺は変われるでしょうか。家族になれるでしょうか」
不安げな呟きに、慈乃とニアは顔を見合わせるとリンドウを振り返った。
「なれるっていうかもうなってるんだってば。今までのことがあるから驚きはするだろうけど拒みはしないって」
「そうですよ。それに何かあっても私がお手伝いします」
「あたしもね」
「……ありがとうございます」
リンドウは深く頭を下げると踵を返した。まだ朝早いのでいったん自室に戻るのだろう。その背を見送りながら、ニアが眩しげに目を細めた。
「成長したね、リン」
「はい。……諦めないでいて良かったです」
カモミールの花守の力が効いていないのではないかと心配になることもあったし、リンドウは本当は学び家に来たくなかったのではと不安になることもあった。その度に慈乃の心は大きく揺れた。けれど周りに励まされながら、毎日リンドウの心が癒されるようにと願い、ようやくその努力が実を結んだのだ。
こぼれる慈乃の笑顔は柔らかなもので、慈愛に満ちていた。
「この調子で皆さんと仲良くなってくれると嬉しいです」
「今のリンならきっと大丈夫よ」
ふたりは笑顔を交わして、朝食づくりを再開した。
その日の朝食はいつもより少し豪華だった。
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