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第二一話 世界の色は奪われて

第二一話 四

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無機質なアスファルト、点々と配されている街頭、密集した住宅。遠く自動車の通り過ぎるエンジン音がする。
 空を見上げるとどんよりとした曇り空で、微かに雨のにおいがした。
「……四年間、大変、お世話に、なりました……」
 無表情の顔を正面に戻して、慈乃は叔父一家を相手に頭を下げた。
「……ああ」
 返ってきたのは中年男性の冷ややかな声のみだった。そのことに対して慈乃は腹も立てない。こんな扱いには慣れていたからだ。
「ありがとう、ございました。……さようなら」
 慈乃の最後の言葉にも彼らは一言も発しなかったが、義兄が鼻を鳴らすのはわかった。きっと清々したとでも言いたいのだろう。
 大きな荷物は先に転居先のアパートに届けてある。慈乃は手持ちの荷物を持って、ひとり、駅に向かって電車に乗り込んだ。
 母に次いで父までも亡くなってから、慈乃には自分の居場所が見つからないでいた。
(これから先も見つからないでしょうね……)
 なぜなら慈乃にとって人間関係に関わることには苦い思い出しかないからだ。人を頼ることはすなわち迷惑をかけること。人の輪に入ることはすなわち輪を乱すこと。誰かに対して声を掛けることは慈乃にとって恐怖であり、結果声を発することもままならない。
人間が怖い。自分を含め、人間が大嫌いだった。そしてそれは今後も変わらないのだろう。慈乃本人が自身に期待することを止めてしまったのだから。
 車窓を流れる景色には何の感慨も湧かなかった。
大した思い出なんてない。最初の頃こそ良い人間関係を築き、良い思い出をつくろうと努力していたが、次第にその努力も無駄だと悟るようになった。
 結果、出来上がったのは何もない薄っぺらい人間だった。生きる価値を見出せず、自我も曖昧、感情すら失った、まるで人形のような人間。
 ぼんやりと物思いに耽っているうちに、下車する駅に到着した。そこから歩いて新居のアパートに向かった。
 翌日の午後、荷解きをあらかた終わらせた慈乃は休憩がてら近所を散策していた。
ふと懐かしい『花畑』に白い花が群生しているのを見つけた。近づいてよく見ると早咲きのカモミールだった。
(カモミール……)
 それは慈乃の苦手な花だった。幸せの最中の象徴であり、幸せの終わりの象徴でもある純白の花。
それなのに目が逸らせないのは、かつて種を蒔いた跡地に咲く特別なカモミールだからか。
無意識に右手が伸びて、カモミールに触れた。すると胸の奥底に押し込めていた感情が次から次へと溢れ出てきた。
(人間が怖いのに、自分のことが大嫌いなのに、人間として一生を生きなければならないなんて……。私は一体どうしたらいいの? そもそも生きていかなきゃいけないの……?)
 そのとき風に乗って音が聞こえた。木々の葉擦れのような、小川のせせらぎのような音が。
『……』『……』『……』
 何かを訴えている声のようにも聞こえたが、言葉を拾うことはできなかった。
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