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第二〇話 過去と現在の狭間で
第二〇話 一二
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そして、最後にトゥナとクルルのクラスにやって来た。シフトの関係でトゥナには会えなかったが、受付でクルルには会った。
「スタンプを集めて迷路を抜けるのよ。はい、カード」
クルルはスタンプカードを慈乃とウタセ、それぞれに差し出した。
「いってらっしゃい」
クルルの声を背に、ふたりは教室内の迷路へ足を踏み入れた。
段ボールで区切られた道に、紙テープや新聞紙の妨害工策など、薄暗い迷路はただ歩くだけでも一苦労だった。
(似てるわ……)
慈乃は過去の情景を重ねていた。この迷路や文化祭という状況は過去あった高校の文化祭に酷似しており、まさしく夢の続きのようだった。
そして思い出すのは自身の異端さだった。
親しい友人がいなかった慈乃にとって、協調性が求められる学校行事は苦痛の連続だった。そのせいで体育祭や文化祭、果ては授業のグループワークなど大の苦手だった。
苦い記憶が蘇ると同時に胸を襲うのは当時から抱えていた罪業感だった。
自分なんていない方がいいのではないか。だってそうしたら私はこんな思いをせずに、周りにだって迷惑をかけないで済むのだから。
できることならなんだって頑張ってきた。けれど人間関係を築くことだけはどうしても克服できなかった。いくら勉強ができたって、人間性が伴わなければ意味がない。そんな自分に失望し、幻滅した。……自分が、大嫌いだった。
(今だって本質は変わっていないのに、何を変われた気になっていたのよ。……私はいつまで過去に囚われ続けるの?)
ぐるぐると思考がめぐる。
学び家の皆を、家族を、疑いたいわけではないのに、一度猜疑心に囚われると何もかもが信じられなくなるような気がした。
慈乃を家族だと言って受け入れてくれたことは本心からのことであると信じたい。それなのにそんな保証はないのではないかと囁く声が聞こえてくる。
(だって私は、いつもいつも、輪に溶け込めない存在だったのだから……)
慈乃が完全に思考の沼にはまっていると、案じるような声が降ってきた。
「シノ? 顔色よくないけど、大丈夫?」
「大丈夫です」という言葉は声にならなかった。代わりに慈乃の頬を涙が伝う。
(困らせちゃいけないのに……。迷惑を、かけちゃ……。……嫌われたく、ない)
それでも慈乃の意思とは関係なしに、涙の滴が次から次へと零れ落ちる。
ウタセは驚いた顔をしたものの、そっと慈乃の腕を取ると出口を真っ直ぐ目指した。迷路を出る頃には慈乃の涙は止まり、落ち着きを取り戻したかのように見えた。
「今日は疲れちゃったよね。目的は達成したし、帰ろうか」
ウタセは学舎の正門、つまりは出口へ向かって歩き出した。腕を優しく引かれるまま、慈乃は黙って従った。その顔は蒼白だ。
「ねえ、シノ」
ウタセは前を見据えたまま、慈乃に呼びかけた。
「やっぱり、話してもらうわけにはいかないかな。シノが何に悩んでる……ううん、何を怖がってるのか」
「……」
「僕、このままシノのこと放っておけないよ。大事な家族だもの」
「……」
「シノ……」
こんなに困窮したウタセの声を聞くのは初めてのことかもしれない。それを他でもない自分がそうさせていると思うと申し訳なくなったが、今は何も語りたくなかった。
(シノも文化祭を楽しめてると思ってたのに、急にどうして?)
ウタセには思い当たる節がなかった。文化祭で学び家の子ども達の学舎での頑張りに慈乃は目を輝かせており、ときおり笑顔をのぞかせるようになっていたはずだった。リンドウとは顔を合わせはしたが会話は交わさなかったし、特に問題がある言動もなかったと思う。慈乃に変化があったとすれば、ガザに会ったあたりなのだが、別段何をされたわけでもない。
ウタセには慈乃が落ち込む理由に皆目見当もつかなかった。
どうにかしてあげたい、笑っていてほしいと思うのに、どうしたら慈乃を助けられるのかわからない。それがひどくもどかしくて、自身の不甲斐なさを痛感していた。
(ただひとつわかることがあるとすれば)
ウタセは肩越しに慈乃を振り返り、つないだままの手に視線を移した。
(絶対にこの手を離しちゃいけないってことだ)
夕方になり少し強くなった風が丘を吹き抜ける。その秋風に慈乃がさらわれないよう、ウタセは慈乃の手を強く握り直した。
「スタンプを集めて迷路を抜けるのよ。はい、カード」
クルルはスタンプカードを慈乃とウタセ、それぞれに差し出した。
「いってらっしゃい」
クルルの声を背に、ふたりは教室内の迷路へ足を踏み入れた。
段ボールで区切られた道に、紙テープや新聞紙の妨害工策など、薄暗い迷路はただ歩くだけでも一苦労だった。
(似てるわ……)
慈乃は過去の情景を重ねていた。この迷路や文化祭という状況は過去あった高校の文化祭に酷似しており、まさしく夢の続きのようだった。
そして思い出すのは自身の異端さだった。
親しい友人がいなかった慈乃にとって、協調性が求められる学校行事は苦痛の連続だった。そのせいで体育祭や文化祭、果ては授業のグループワークなど大の苦手だった。
苦い記憶が蘇ると同時に胸を襲うのは当時から抱えていた罪業感だった。
自分なんていない方がいいのではないか。だってそうしたら私はこんな思いをせずに、周りにだって迷惑をかけないで済むのだから。
できることならなんだって頑張ってきた。けれど人間関係を築くことだけはどうしても克服できなかった。いくら勉強ができたって、人間性が伴わなければ意味がない。そんな自分に失望し、幻滅した。……自分が、大嫌いだった。
(今だって本質は変わっていないのに、何を変われた気になっていたのよ。……私はいつまで過去に囚われ続けるの?)
ぐるぐると思考がめぐる。
学び家の皆を、家族を、疑いたいわけではないのに、一度猜疑心に囚われると何もかもが信じられなくなるような気がした。
慈乃を家族だと言って受け入れてくれたことは本心からのことであると信じたい。それなのにそんな保証はないのではないかと囁く声が聞こえてくる。
(だって私は、いつもいつも、輪に溶け込めない存在だったのだから……)
慈乃が完全に思考の沼にはまっていると、案じるような声が降ってきた。
「シノ? 顔色よくないけど、大丈夫?」
「大丈夫です」という言葉は声にならなかった。代わりに慈乃の頬を涙が伝う。
(困らせちゃいけないのに……。迷惑を、かけちゃ……。……嫌われたく、ない)
それでも慈乃の意思とは関係なしに、涙の滴が次から次へと零れ落ちる。
ウタセは驚いた顔をしたものの、そっと慈乃の腕を取ると出口を真っ直ぐ目指した。迷路を出る頃には慈乃の涙は止まり、落ち着きを取り戻したかのように見えた。
「今日は疲れちゃったよね。目的は達成したし、帰ろうか」
ウタセは学舎の正門、つまりは出口へ向かって歩き出した。腕を優しく引かれるまま、慈乃は黙って従った。その顔は蒼白だ。
「ねえ、シノ」
ウタセは前を見据えたまま、慈乃に呼びかけた。
「やっぱり、話してもらうわけにはいかないかな。シノが何に悩んでる……ううん、何を怖がってるのか」
「……」
「僕、このままシノのこと放っておけないよ。大事な家族だもの」
「……」
「シノ……」
こんなに困窮したウタセの声を聞くのは初めてのことかもしれない。それを他でもない自分がそうさせていると思うと申し訳なくなったが、今は何も語りたくなかった。
(シノも文化祭を楽しめてると思ってたのに、急にどうして?)
ウタセには思い当たる節がなかった。文化祭で学び家の子ども達の学舎での頑張りに慈乃は目を輝かせており、ときおり笑顔をのぞかせるようになっていたはずだった。リンドウとは顔を合わせはしたが会話は交わさなかったし、特に問題がある言動もなかったと思う。慈乃に変化があったとすれば、ガザに会ったあたりなのだが、別段何をされたわけでもない。
ウタセには慈乃が落ち込む理由に皆目見当もつかなかった。
どうにかしてあげたい、笑っていてほしいと思うのに、どうしたら慈乃を助けられるのかわからない。それがひどくもどかしくて、自身の不甲斐なさを痛感していた。
(ただひとつわかることがあるとすれば)
ウタセは肩越しに慈乃を振り返り、つないだままの手に視線を移した。
(絶対にこの手を離しちゃいけないってことだ)
夕方になり少し強くなった風が丘を吹き抜ける。その秋風に慈乃がさらわれないよう、ウタセは慈乃の手を強く握り直した。
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