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第九話 花綻ぶ夏の夜
第九話 一三
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花びらでできた張子に灯りがともされて、頭上には光球が浮かんでいるかのようだった。灯り自体は優しい黄色をした暖色だが、それを覆う花びらの色によって橙色、朱色、桃色、藤色、水色、黄緑色とひとつひとつ異なる色の球を作り出している。
また、鉢植えにも小さな照明が取り付けられており、下からのほのかな照明光と上から降り注ぐ柔らかな張子の光により、花そのものが淡く発光しているように見えた。街のいたるところにある鉢植え全てがそのようになっていたので、その光景といったら圧巻だ。
ウタセの言ったように、通りは昼間以上のひとで溢れかえっていた。普段であれば鬱陶しいだけのひとごみも、花祭の今日だけは特別で、ひともまた花祭を飾り立てる一要素だと思えた。
華やかで、賑やかで、幻想的な風景に、慈乃の目は縫い留められた。
ウタセに手を引かれて、まだ見ていない屋台を覗いていく。
街中に展開された屋台は半日だけでは回り切れないほどに多く、こうして屋台めぐりを再開しても飽きることはなかった。
「わっ、きれい……」
慈乃が目にしたのは飴細工の屋台だった。花を模した透明の飴は、繊細で美しい。夏の花祭にちなんでか、アサガオ、ヒマワリ、ハイビスカス、ニチニチソウなど夏の花が並べられていた。木の棒に咲く飴細工ではなく、輪切りにした金太郎飴も売っている。
「飴だね。せっかくだしいくつか買っておこうかな」
ツユクサ、ガザニア、ジニアの金太郎飴を三袋選び取ったウタセは会計ついでに「飴細工をお願いできますか」と売り子に訊いた。
売り子は頷くと、ウタセの注文を聞き、隣に座る飴細工職人に注文内容を伝える。職人は見事な手際の良さで、魔法のように花の形を作り出していく。
慈乃もウタセの隣で飴が出来上がる過程をじっと見つめていた。
緑色に塗られた木の棒の先端に、黄色の花が咲く。タンポポだった。
「はいよ、兄ちゃん」
「ありがとうございます」
ウタセは満面の笑みでそれを受け取った。
慈乃もいいなとは思ったが、人見知りで口下手な性格が言い出すのを躊躇わせる。その様子に気が付いたウタセがすかさず訊いてくれる。
「シノも作ってもらう?」
「……はい、そうしたいです。あ、でも、これは私が買ってあげたいので、ちゃんと私が払います」
慈乃の言いまわしに、ウタセは目をまるくした。
「『買ってあげたい』ってことは贈り物?」
「カモミールの精に、お土産……といいますか。今もどこかで見ているのでしょうし、彼らが食べられないのもわかっているのですが、私が花祭を楽しんでいたことを私なりに、伝えたくて……」
変なことを言うと思われただろうか。恐る恐る見上げたウタセの顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったようだったが、次いで破顔した。
「とっても素敵な考えだね! シノらしくていいと思うよ」
なかなか言い出せない慈乃の性格を知っているウタセは慈乃に代わって注文だけ告げると、後は慈乃に任せた。
職人は迷いのない手つきで、黄緑色の木の棒に、黄色の中心花と乳白色の花弁を作り上げる。あっという間にカモミールが花開いた。
慈乃は代金を支払い、飴細工を受け取った。
店を離れながら、飴細工をじっと見つめる。透明な飴の向こうに、飴と同じ色をした景色が映る。飴の中の小さな気泡が周囲の光を閉じ込めていた。
食べるのがもったいないほど美しいそれを見て、カモミールの精はどんな反応を示すだろうか。優しい彼らはまずはじめに慈乃の心遣いに感謝するのだろうが、この感動も共有できたらいいと慈乃は思った。
また、鉢植えにも小さな照明が取り付けられており、下からのほのかな照明光と上から降り注ぐ柔らかな張子の光により、花そのものが淡く発光しているように見えた。街のいたるところにある鉢植え全てがそのようになっていたので、その光景といったら圧巻だ。
ウタセの言ったように、通りは昼間以上のひとで溢れかえっていた。普段であれば鬱陶しいだけのひとごみも、花祭の今日だけは特別で、ひともまた花祭を飾り立てる一要素だと思えた。
華やかで、賑やかで、幻想的な風景に、慈乃の目は縫い留められた。
ウタセに手を引かれて、まだ見ていない屋台を覗いていく。
街中に展開された屋台は半日だけでは回り切れないほどに多く、こうして屋台めぐりを再開しても飽きることはなかった。
「わっ、きれい……」
慈乃が目にしたのは飴細工の屋台だった。花を模した透明の飴は、繊細で美しい。夏の花祭にちなんでか、アサガオ、ヒマワリ、ハイビスカス、ニチニチソウなど夏の花が並べられていた。木の棒に咲く飴細工ではなく、輪切りにした金太郎飴も売っている。
「飴だね。せっかくだしいくつか買っておこうかな」
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売り子は頷くと、ウタセの注文を聞き、隣に座る飴細工職人に注文内容を伝える。職人は見事な手際の良さで、魔法のように花の形を作り出していく。
慈乃もウタセの隣で飴が出来上がる過程をじっと見つめていた。
緑色に塗られた木の棒の先端に、黄色の花が咲く。タンポポだった。
「はいよ、兄ちゃん」
「ありがとうございます」
ウタセは満面の笑みでそれを受け取った。
慈乃もいいなとは思ったが、人見知りで口下手な性格が言い出すのを躊躇わせる。その様子に気が付いたウタセがすかさず訊いてくれる。
「シノも作ってもらう?」
「……はい、そうしたいです。あ、でも、これは私が買ってあげたいので、ちゃんと私が払います」
慈乃の言いまわしに、ウタセは目をまるくした。
「『買ってあげたい』ってことは贈り物?」
「カモミールの精に、お土産……といいますか。今もどこかで見ているのでしょうし、彼らが食べられないのもわかっているのですが、私が花祭を楽しんでいたことを私なりに、伝えたくて……」
変なことを言うと思われただろうか。恐る恐る見上げたウタセの顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったようだったが、次いで破顔した。
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職人は迷いのない手つきで、黄緑色の木の棒に、黄色の中心花と乳白色の花弁を作り上げる。あっという間にカモミールが花開いた。
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店を離れながら、飴細工をじっと見つめる。透明な飴の向こうに、飴と同じ色をした景色が映る。飴の中の小さな気泡が周囲の光を閉じ込めていた。
食べるのがもったいないほど美しいそれを見て、カモミールの精はどんな反応を示すだろうか。優しい彼らはまずはじめに慈乃の心遣いに感謝するのだろうが、この感動も共有できたらいいと慈乃は思った。
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