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第六話 優しい昔話

第六話 二

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 それからしばらくして洗濯物を干し終えて伸びをしていたニアだったが、ふと声を上げた。
「あ、そうだ。シノ、今日は優先する仕事ある? お花見のお弁当の話し合いしたいんだ」
「大丈夫です。このあとすぐ、ですか」
「シノの都合があうならそうしよ」
「はい」
「あたしこれ片してきちゃうから、シノは先に食堂行ってて!」
 言うが早いか、ニアは籠を重ね持つと生活棟に駆け戻る。
 その後ろ姿を見送りながら、ウタセはくすくす愉快そうに笑っていた。
「ニア姉張り切ってるねぇ。さて、僕達も戻ろうか」
「はい」
 ウタセは籠を置いてくる必要があるから、食堂前で別れるだろうと慈乃は考えていたが、どうやら違ったようだ。籠を持ったまま、ウタセは慈乃と共に食堂に入った。
 食堂では、ツクシとウルフィニが難しい顔を突き合わせていた。
「ウルくん、あと三粒なんだから、頑張ろ~よ~」
 ウルフィニは激しく首を横に振った。
「この間は食べられたのに、なんで~?」
「……おいしくない」
 ウルフィニにしては珍しく不機嫌な声音だ。
 慈乃とウタセは顔を見合わせた。
「ちょっと子芝居を打ってみようか。シノ、付き合ってくれる?」
「し、芝居……? できる気が、しません……」
 慈乃が不安げに返せば、ウタセはそれすらも吹き払うほど自信に満ちたふうに「大丈夫だよ」と笑った。
「シノはうんって言うだけでいいから」
 慈乃の返事を待たずに、ウタセはウルフィニのもとに歩み寄る。仕方ないので、慈乃もついていく。
「ウル。好き嫌いはよくないよ」
「……ウタ兄」
「ウタくん、助けて~」
 ウタセは小さく笑うと、背後の慈乃をちらりと見てからウルフィニに向き直った。
「シノはね、好き嫌いしない子の方が好きなんだって」
 その瞬間、ウルフィニは怯んだように、慈乃を勢いよく振り仰いだ。
「シ、シノ姉……、ほんと?」
 心が痛まないでもなかったが、これはウルフィニのための芝居だと自身に言い聞かせ、慈乃は予め言われていたように「はい」と頷いた。
 ウルフィニは狼狽えたように、慈乃と残ったグリンピースの間で視線を左右させる。
 ウルフィニが迷い出したのを見て取ると、ウタセはすかさず言い足した。
「でもね、嫌いなものでも一生懸命食べる子は好きなんだって」
「た、たべる……! シノ姉にきらわれたくない」
「ちゃんと食べれば大丈夫だよ。シノも褒めてくれるよ」
 表情こそ渋いままだったが、食べると決心してからは早かった。皿の上はあっという間にきれいになった。
「偉い偉い」
「おお~、完食~」
 ウタセとツクシの感想を後目に、ウルフィニはおずおずと慈乃を見上げた。
「きらいにならない?」
「ならない、ですよ」
 ウルフィニはいかにもほっとしたように小さく息をついた。
 見届けたといわんばかりに、ウタセは立ち上がる。
「じゃあ、僕は戻ろうかな」
 それに続くようにして、ツクシとウルフィニもいそいそと片付けを始めた。
「これ片付けたら、ボク達もみんなのところに行こうか~」
「うん」
「シノはこっちね」
 いつの間にやってきていたのか、ニアが後ろから呼ぶ。
 勧められた席につくと、ニヤニヤしたニアが慈乃の顔を覗き込んだ。
「可愛かったね、ウル」
「……私は、心が痛みました」
 思い出して顔を曇らせるも、ニアは軽く笑い飛ばした。
「それで好き嫌いがなくなるなら安いもんよ。お弁当にもグリンピース入れてみようか」
 などとはじめは言っていたが、話し合いは次第に本格的になっていった。
 予算、メニュー、傷みやすさなどを考慮して、案を出し合っていく。
 具体性が伴ってきたところで、白衣を着たウタセが食堂にやって来た。
「お疲れ様。どう、順調?」
 慈乃とニアは揃って顔を上げた。
「形は見えてきたかな。シノもいるから、昨年とは違った感じになりそう」
 差し向けられたメモ用紙にさっと目を通して、ウタセは感嘆の声をあげる。
「へぇ。確かに今までとはちょっと変わってるね。いいと思うよ」
 ウタセはニアにメモを返しながら「買い出しとか手伝うね」と言うと、今度は白衣のポケットから取り出した薬包紙を慈乃に手渡した。
「朝、昨日あったこと話したときに見たことないって言ってたから、持ってきてみたんだ」
 折りたたまれた薬包紙を開くと、乾燥させた草らしきものが現れた。
「もしかして、春の七草、ですか?」
「長期保存用に乾燥させてあるけどね」
 それから、順に指さして名前を教えてくれた。
 話が一段落したところを見計らって、ニアがウタセに声をかけた。
「ねえ、ウタ。春の七草って結構ある?」
「うん? あるよ」
 小首を傾げながらも、問いには素直に答える。
 ニアは「それなら」といって、立ち上がった。
「ちょうどいい時間だし、今日のお昼ご飯にしよう」
「いいね。今、持ってくるね」
 ウタセが戻ってくるまでの間に、ふたりは机の上を片付けて、厨房で準備を始めた。
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