カモミールの福音 ～花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語～

第五話 誕生に感謝と祝福を

第五話 九

　話を聞き終えた慈乃は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
　母とカモミールの精の約束は予想通りだったが、カモミールの精から見た景色は慈乃の予想だにしないものだったのだ。
「……知って、いたの、ですか。私が、カモミールを、避けていたこと……」
　やっとのことで出せたのは、小さなかすれ声だった。
『知ってたよ』『カモミールを見るとカミユのこと、思い出すんだよね』『他の思い出も』『それが辛かったんだよね』
「なのに……、私のこと……」
　それ以上は続けられなかった。
（私が私自身を蔑ろにしている間も、彼らはずっと私のことを案じてくれていたというの？）
　半ば信じられないという思いと、罪悪感が胸にこみ上げる。
「……ごめん、なさい……。私、何も、知らなかった……！」
　無意識のうちに胸の前で重ね合わせた両手を、握りしめた。
　すると、その手に風がかすめるような感覚がした。
『謝らないでほしいの～』『ごめんなさいはきっとお互い様』『ぼくたちも長いこと見ていることしかできなかったから』
　ひと際、明瞭な問いかけが凛と響く。
『シノはいま、幸せ？ 生きていることを、後悔していない？ 明日を生きたいと、願ってくれる？』
　その全ての問いへの答えはひとつ。
　慈乃ははっきりと頷いて見せた。
「私、いまは毎日が、楽しいのです。学び家の……家族の、笑顔が見られる明日を、生きたいと、心から、願っています」
『ありがとう、シノ』『あなたのその言葉だけで、私達は救われたよ』
「私の方こそ、ありがとうございます。謝るのが、お互い様だというのなら……、感謝するのも、また、お互い様ですよ」
　微笑みの吐息を残して、カモミールの精の気配がふっと消えた。
　もう一度、慈乃が「ありがとう」と呟けば、それに応えるように鈴音が鳴った。