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終章 夜明けの光
終章 一
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「あかり、ただいま」
「あっ、おかえり、結月……!」
声を潜めながらも満面の笑みで自身の帰りを迎えるあかりに笑いかけてから、結月はあかりの側の布団で眠っている二人の赤子にも「ただいま。暁、あさひ」とささやいた。
あかりと結月が想いを確かめ合ってから変わったことはいくつかある。
ひとつはあかりと結月は正式な夫婦として認められ、祝福されたということだ。昴は「これで僕もひと心地ついたよ」と、秋之介は珍しく素直に「おめでとう。末永く幸せにな」と言って、二人ともまるで兄のような優しい顔で寿いでくれた。
もうひとつは青柳家の当主でありながら、結月の生活拠点が朱咲邸に移ったことだ。青柳邸の方は春朝と香澄に任せて、結月はあかりと一緒に暮らすことを選んだ。政務が中心なのであまり支障はなく、ときどき両親に顔を見せがてら青柳邸に立ち寄って仕事をすることがあるくらいのものだった。
そして最大の変化といえば、あかりと結月の間に子どもが生まれたことだった。婚儀から一年と数月後、梅雨真っただ中の水無月の終わりの日。その日の未明まで雨はしとしとと降り続けていたが、二つの産声と同時に雨が上がり、夜明けを迎えた。生まれたのは男女の双子で、青が印象的な男児と赤が印象的な女児だった。名前をそれぞれ暁とあさひという。これまでの戦いばかりの世が終わり、平和で明るい世の始まりを告げるようだからというのが名前の由来だ。生まれたばかりであっても暁とあさひの持つ霊力が強力であることはすぐにわかった。暁は結月に、あさひはあかりに似た霊力を持っていて、ゆくゆくは青柳家、朱咲家を担い、この国や民、大切な人たちを守っていくことになるだろう。しかしそれはまだまだ先の話で、あかりも結月も今はまだ多くの人に愛されて健やかに育ってほしいと思っている。
「暁もあさひも、眠ったばっかり?」
「ううん、結構前からぐっすりだよ。ただ、この子たちの寝顔が可愛くて眺めてたの」
「うん、わかるよ」
結月も我が子の顔を見る。それだけで幸せで胸がいっぱいになるようだった。
開け放した障子の向こうには中庭が望める。夏の花木を中心に整えられた朱咲家の庭は、今を盛りに鮮やかで色とりどりの花々を咲かせている。そこから夏らしいぬるい風が入り込んできて、あかりたちに声を届けてくれた。
「秋の声?」
「あ、うん。秋と昴が遊びに来てるって、知らせに来たんだった」
「わ、本当? じゃあ、お茶とお菓子の準備をしないとね」
「おれもやるよ」
「うん! 一緒にやろう」
暁とあさひのことは一時的に家臣に任せて、あかりと結月は厨で茶器とお茶請けを受け取り、秋之介と昴の待つ客間へ向かった。
「こんにちは! 秋、昴」
「お邪魔してるよ。あかりちゃんは今日も元気そうだね」
「つか、遅くね? ゆづ、おまえ、俺たちのこと忘れてなかったか?」
「……そんなこと、ない。多分」
「その間と最後の『多分』ってなんだよ! 相変わらず嘘が下手だな!」
結月と夫婦になってからも、幼なじみ四人が集まれば昔から変わらない賑やかで安心感のある空気が生まれる。それはあかりにとって、とても嬉しいことだった。
あかりはくすくす笑いながらお茶を淹れ、その間に結月はお茶請けの梨の皮をむき、切り分けていく。
出されたそれらに手をつけながら、昴が「暁くんとあさひちゃんはどうしてるの?」と楽しげに訊いてきた。
「今は寝てるはずだよ」
「あかりの子守歌は効果抜群だからなぁ」
「そっかぁ、残念。起きてたら一緒に遊びたかったのに」
昴が心底残念そうにするものだからあかりは思わず笑ってしまった。
「昴ってば本当に小さい子どもが好きなのね」
「小さい頃のあかりちゃんたちを思い出すからかも。特に暁くんはゆづくんに、あさひちゃんはあかりちゃんにそっくりだしね」
「ああ、わかるわかる。なんか放っておけない感じがするっていうか、つい構いたくなるんだよな」
昴の言に秋之介までうんうんと頷く。
あかりと結月は顔を見合わせて、慈愛に満ちた眼差しを交わし合った。
「暁もあさひも、こんなに愛されて幸せ者ね」
「そうだね。あの子たちはこれから、どんな未来を歩むんだろうね……」
願わくばようやく手に入れたこの平和な世で、幸せと希望と笑顔に満ちた人生を歩んでほしい。
「朱咲謡いて声高く。舞い踊りて空高く。祈りの歌が届くとき、彼らに加護がありましょう。心願成就、急々如律令」
祈りをこめてあかりが謡うと、柔らかな赤の光がふわりと舞った。光は夏風に乗って蒼穹の空へと吸い込まれていく。
見上げた青空は遠く広く、真夏の太陽は眩しく照り輝いていて。
それはどこまでも続く明るい未来を予感させた。
「あっ、おかえり、結月……!」
声を潜めながらも満面の笑みで自身の帰りを迎えるあかりに笑いかけてから、結月はあかりの側の布団で眠っている二人の赤子にも「ただいま。暁、あさひ」とささやいた。
あかりと結月が想いを確かめ合ってから変わったことはいくつかある。
ひとつはあかりと結月は正式な夫婦として認められ、祝福されたということだ。昴は「これで僕もひと心地ついたよ」と、秋之介は珍しく素直に「おめでとう。末永く幸せにな」と言って、二人ともまるで兄のような優しい顔で寿いでくれた。
もうひとつは青柳家の当主でありながら、結月の生活拠点が朱咲邸に移ったことだ。青柳邸の方は春朝と香澄に任せて、結月はあかりと一緒に暮らすことを選んだ。政務が中心なのであまり支障はなく、ときどき両親に顔を見せがてら青柳邸に立ち寄って仕事をすることがあるくらいのものだった。
そして最大の変化といえば、あかりと結月の間に子どもが生まれたことだった。婚儀から一年と数月後、梅雨真っただ中の水無月の終わりの日。その日の未明まで雨はしとしとと降り続けていたが、二つの産声と同時に雨が上がり、夜明けを迎えた。生まれたのは男女の双子で、青が印象的な男児と赤が印象的な女児だった。名前をそれぞれ暁とあさひという。これまでの戦いばかりの世が終わり、平和で明るい世の始まりを告げるようだからというのが名前の由来だ。生まれたばかりであっても暁とあさひの持つ霊力が強力であることはすぐにわかった。暁は結月に、あさひはあかりに似た霊力を持っていて、ゆくゆくは青柳家、朱咲家を担い、この国や民、大切な人たちを守っていくことになるだろう。しかしそれはまだまだ先の話で、あかりも結月も今はまだ多くの人に愛されて健やかに育ってほしいと思っている。
「暁もあさひも、眠ったばっかり?」
「ううん、結構前からぐっすりだよ。ただ、この子たちの寝顔が可愛くて眺めてたの」
「うん、わかるよ」
結月も我が子の顔を見る。それだけで幸せで胸がいっぱいになるようだった。
開け放した障子の向こうには中庭が望める。夏の花木を中心に整えられた朱咲家の庭は、今を盛りに鮮やかで色とりどりの花々を咲かせている。そこから夏らしいぬるい風が入り込んできて、あかりたちに声を届けてくれた。
「秋の声?」
「あ、うん。秋と昴が遊びに来てるって、知らせに来たんだった」
「わ、本当? じゃあ、お茶とお菓子の準備をしないとね」
「おれもやるよ」
「うん! 一緒にやろう」
暁とあさひのことは一時的に家臣に任せて、あかりと結月は厨で茶器とお茶請けを受け取り、秋之介と昴の待つ客間へ向かった。
「こんにちは! 秋、昴」
「お邪魔してるよ。あかりちゃんは今日も元気そうだね」
「つか、遅くね? ゆづ、おまえ、俺たちのこと忘れてなかったか?」
「……そんなこと、ない。多分」
「その間と最後の『多分』ってなんだよ! 相変わらず嘘が下手だな!」
結月と夫婦になってからも、幼なじみ四人が集まれば昔から変わらない賑やかで安心感のある空気が生まれる。それはあかりにとって、とても嬉しいことだった。
あかりはくすくす笑いながらお茶を淹れ、その間に結月はお茶請けの梨の皮をむき、切り分けていく。
出されたそれらに手をつけながら、昴が「暁くんとあさひちゃんはどうしてるの?」と楽しげに訊いてきた。
「今は寝てるはずだよ」
「あかりの子守歌は効果抜群だからなぁ」
「そっかぁ、残念。起きてたら一緒に遊びたかったのに」
昴が心底残念そうにするものだからあかりは思わず笑ってしまった。
「昴ってば本当に小さい子どもが好きなのね」
「小さい頃のあかりちゃんたちを思い出すからかも。特に暁くんはゆづくんに、あさひちゃんはあかりちゃんにそっくりだしね」
「ああ、わかるわかる。なんか放っておけない感じがするっていうか、つい構いたくなるんだよな」
昴の言に秋之介までうんうんと頷く。
あかりと結月は顔を見合わせて、慈愛に満ちた眼差しを交わし合った。
「暁もあさひも、こんなに愛されて幸せ者ね」
「そうだね。あの子たちはこれから、どんな未来を歩むんだろうね……」
願わくばようやく手に入れたこの平和な世で、幸せと希望と笑顔に満ちた人生を歩んでほしい。
「朱咲謡いて声高く。舞い踊りて空高く。祈りの歌が届くとき、彼らに加護がありましょう。心願成就、急々如律令」
祈りをこめてあかりが謡うと、柔らかな赤の光がふわりと舞った。光は夏風に乗って蒼穹の空へと吸い込まれていく。
見上げた青空は遠く広く、真夏の太陽は眩しく照り輝いていて。
それはどこまでも続く明るい未来を予感させた。
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