【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
371 / 389
第二七話 願った未来

第二七話 四

しおりを挟む
 霜月は去り行き、雪月を迎えた。
雪こそまだ降らないが、空気はきんと冷えている。南朱湖の側は一段と寒かったが、水面に映る冬晴れの空は青く澄んでいて気持ちが良い。
「年内に間に合って良かったね」
「うん。本当によくできてるね、邸もご尊像も」
 あかりたちが見上げる先にはまるで思い出の中から蘇ったような赤の邸と鳳凰を模した朱咲の立派なご尊像がある。
 南の地の復興は目前で、あとはあかりや朱咲、民の引っ越しを残すのみとなった。
「いよいよかぁ。なんだかどきどきする」
 あかりが草案を作った町を新たな民はどう思うだろう。不安もあるが同じくらい期待もあって、あかりの胸は高鳴っていた。
「活気があって、笑顔が溢れる町になるといいなぁ」
 あかりが呟くと胸の内から鈴音が響いた。
『大丈夫じゃよ。妾の自慢の愛し子が心をこめて作り上げ、他でもない妾が加護を授ける町なのだから』
「朱咲様……」
『それにしてもご尊像ができたからには妾はあかりの内から離れねばならぬな。妾はそれがちと寂しい』
「私もです」
 朱咲が胸の内にいることがいつしか当たり前になっていた。朱咲は愛情深く、あかりに優しく寄り添ってくれた。朱咲が離れていくことは寂しいが、与えてくれたぬくもりはきっと心に残り続けるだろう。
「離れても、たまにはお声を聞かせてくださると嬉しいです」
『そなたが望めば、もちろんじゃ』
 朱咲はふっと吐息で笑ったようだった。
『だが、離れるのはもう少し先じゃな。それまではそなたのもとに居させてもらうぞ』
「はい」
 あかりの返事を聞き届けると、朱咲はすっと気配を消した。
 会話が終わったとみた昴があかりに声をかける。
「朱咲様も大丈夫だって言ってくださった?」
「昴にも朱咲様の声が聞こえたの?」
 首を振る昴は苦笑を浮かべていた。
「まさか。でもあかりちゃんが頑張ってきた姿を僕が知ってるくらいなんだから、朱咲様もきっと大丈夫だと言ってくださるような気がしただけだよ」
「そっか。……うん、大丈夫だって言ってくださったよ」
 昴が小さく頷く傍らで、秋之介が「そういえば」と邸からあかりへと視線を移した。
「引っ越し作業は明日からやるんだっけか。俺たちも手伝うぜ。な、ゆづ、昴?」
「もちろん」
「当然だよ」
「わっ、本当⁉ すごく助かるよ~!」
 玄舞家に一時的に身を置いていたあかりの荷物はそう多くはないが、以前ほど家臣がいない朱咲邸に引っ越すのはいささか心細く感じていたあかりにとって秋之介たちの申し出は嬉しいものだった。
 そんな彼らの協力もあって、あかりの引っ越し作業は数日で済んだ。
 新しい町民の移住が落ち着いた頃になって、地鎮祭を執り行い、朱咲をご尊像へ移して南の地は無事再興を果たした。
 それが新しい年を迎える十日ほど前のことだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...