【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
358 / 388
第二六話 繋がる想い

第二六話 九

しおりを挟む
「……放せよ」
 反抗期真っ只中の秋之介の鋭い睨みにも全く怯むことなく、腕をつかんだあかりはきっと秋之介を見上げた。
「嫌。放したら行っちゃうんでしょ?」
「鬱陶しいな。放っておけよ」
「最近秋とは会わない日が続いたから心配してたんだよ」
「知らねえよ。んなのそっちの勝手だろ。俺は心配してくれなんて頼んでねぇ」
 気の短い秋之介にはこれが限界だった。あかりの真っ直ぐな視線から逃れるように顔を逸らした秋之介は、掴まれた方の腕を振り払った。よろめいたあかりを結月が咄嗟に支える。結月はあかりに怪我がないことを確かめると剣呑な目つきで秋之介を睨んだ。
「秋」
「んだよ。こんくらいで怪我するような奴じゃねえだろ、あかりは」
 過保護が過ぎると鼻で嗤えば、結月はますます目つきを険しくした。
「そういう問題じゃ、ない。あかりもおれも、昴だって心配してた。無視するなんて、あんまり」
「だから、そんなのはおまえらの都合だろ? いいから放っといてくれよ」
「秋……」
「うっせえなっ!」
秋之介は結月の胸倉をつかんで引き寄せた。
機嫌の悪いときに結月に懇々と諭されるのは正直気分が悪い。結月の言うことが正論なのも、冷静沈着で淡々とした態度なのも気に食わない。
荒ぶる感情をぶつけるように、秋之介は結月を睨みつけて叫んだ。
「おまえのその態度が気に入らねえ! 俺の何を知ってやがる! わかったような口きくんじゃねえよ、腹が立つ!」
結月は大音声に僅かに顔をしかめたが、ひたと秋之介の白い瞳を見つめた。表情こそ無表情に近いものだが、雄弁な青の瞳は確かに怒りを滲ませていた。
「言いたいことは、それだけ?」
「なめたこと言ってんじゃねえ!」
「なめたこと言ってるのは、秋の方。おれは秋の幼なじみ。全部は知らなくても、幼なじみの秋のことならよく知ってる。馬鹿に、しないで」
「この……っ」
 秋之介が結月の胸倉を掴んだのとは反対の手で拳をつくり、振りかぶる。あわや結月の顔にぶつかる寸前で秋之介の動きは止まった。正確には止められたのだった。
「やめなさい!」
 命令形のあかりの言霊には絶大な威力がある。秋之介はそれに抗えなかったのだ。
 構えはそのままに、秋之介はあかりを見下ろした。
「おまえには関係ねえ。 引っ込んでろ!」
「関係あるもん!」
 語気は秋之介に負けず劣らず強いものだったが、あかりの赤い瞳は徐々に潤みだす。ぼろぼろと涙をこぼしながら、あかりはつっかえつっかえ言葉を紡いだ。
「幼なじみ、なんだからっ、喧嘩なんて、しないで、仲良くしなきゃ駄目、なの……っ」
「……泣くんじゃねえよ」
 興が冷めたのか秋之介は結月を解放し、構えを解いた。結月は乱れた襟合わせを軽く整えると、すぐさまあかりに駆け寄った。
「ごめんね、あかり」
 あかりは結月を睨み上げた。
「結月の、馬鹿……!」
「……うん」
 返す言葉も見つからず、結月はしゅんと肩を落とした。
 ざまあみろと秋之介が内心でほくそ笑んでいると、あかりのきつい眼差しがこちらに向いた。
「秋は、もっともっと、馬鹿‼」
「はあ⁉ 喧嘩両成敗っていうだろ! なんで俺の方が悪いみたいになってんだよ!」
「……それは、自分の胸に手を当ててよおく考えてごらん?」
 聞きなれた声に秋之介はぎくりと肩を震わせた。おそるおそる振り返ると背後に昴が立っていた。にっこり笑っているはずなのに、その笑顔はどこか黒い。
「す、昴……。どうしてここにいんだよ」
「こんな往来で喧嘩してたものだから、町民が知らせてくれたんだよ。ここに向かう途中であかりちゃんの泣き声が聞こえたから急いで来たってわけ。……あかりちゃん、大丈夫だった?」
「す、昴……。秋と結月が、喧嘩して、それで……っ」
 しゃくりあげるあかりをあやすように、昴はあかりに柔らかく微笑みかけた。
「うんうん、怖かったよね。よく喧嘩を止めてくれたね。ありがとう」
「ううん」
 あかりの涙が引いたのを見届けると、昴は結月と秋之介の方へ振り返った。
「二人はうちにおいで。拒否権はなし」
「……はい」
 結月と秋之介は声を重ねて返事をした。
「結月と秋は、本当は仲良しさん?」
「そうだねぇ。喧嘩するほど仲が良いっていうしね」
 あかりはぱちくりと目を瞬かせる。昴はにこりと笑って頷いた。
 そうと聞けば、あかりは早速動き出した。結月と秋之介の間に並び立つと、右手を結月と、左手を秋之介とつないだ。
「ふふっ。これで仲直りだね」
「そう、だね」
「……ほんと、あかりには敵わねえよ」
 結月は微かに表情を緩め、秋之介は諦めたように笑いながらはあっと息をついた。その様子を眺めていた昴も安心したように微笑んでいた。
 どんな形であれ幼なじみたちが笑ってくれたことがあかりにとってはこの上なく嬉しいことだった。

「昴、またいないね……」
「しょうがねえだろ。陰の国との関係は悪くなる一方なんだから」
 今までは幼なじみ四人で一緒に任務にあたることが当たり前だった。しかし、最近は結界修復に昴たち玄舞家の者が駆り出されていることが多くて、あかりは結月と秋之介の三人で任務をすることが専らだった。
「大丈夫かな、昴……」
「他人のこと言ってる場合かよ……」
 秋之介に呆れられても、あかりは動じることなくきっぱりと言い返す。
「だって心配なものは心配なんだもん」
「うん、おれも同じ。秋も、同じ。だよね?」
「そ、れは……」
 ぐっと言葉に詰まるが、素直ではない秋之介では結月の言葉を肯定しているようなものだった。
「戦いなんて、なくなればいいのに」
「そうだね……」
 言葉にすればたったそれだけのことなのに、願いは空しく霧散した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

生贄少女は九尾の妖狐に愛されて

如月おとめ
恋愛
これはすべてを失った少女が _____を取り戻す物語。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!! もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ! ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。 まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

中二な僕がささやかな祝福で生き延びる方法

うさみん
ファンタジー
中二病な主人公が異世界トリップで残念な自前チートで頑張ってみます。苦労の連続でどうなる?主人公?! 実際に異世界って大変なんだろうな? 更新は不定期ですがよろしくお願いします。

処理中です...