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第二五話 希望の灯
第二五話 八
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一斉に芽吹いた花々は恵みの雨により生長し、やがて眩しい太陽に照らされていきいきと鮮やかに咲き誇る。夏が、やって来た。
『……あかり……』
「?」
お花見の日をきっかけに、あかりは人間姿に変化できるまでに霊力を取り戻していた。その影響なのか、あかりはときどきふと動きを止めては何かの声を探す素振りを見せるようになっていた。
「いま……こえ……」
「あかり? どうかしたか?」
また変化はもうひとつある。あれほどかみ合わなかった会話がたまにではあるが成り立つようになってきたのだ。
「こえ、きこえた」
「声?」
「すずのおと、きれい」
「声じゃなくて音なのか? どっちにしろ俺には何も聞こえなかったけどな」
「……きいつきいつ、たちまちうんかをむすぶ……」
「って、なんで交感の咒言なんだよ」
秋之介との会話は打ち切られ、あかりは熱心に交感の咒言を唱え始める。話し相手がいなくなり、秋之介が手持ち無沙汰にしていると、冷茶を持った昴があかりの部屋へやって来た。
「今日も暑いねぇ。秋くんは虎姿だし、余計に暑そうだね」
「んなこといったって人間姿に変化できねえのは相変わらずだししょうがねえだろ」
「そうなんだけどさ。ところであかりちゃんは?」
秋之介は中庭に向かってあごをしゃくった。
「炎天下で交感の咒言を唱えてる」
午の刻が近づき、太陽は南に高く昇っている。あかりはそちらへ身体を向け、咒言を唱え続けていた。
「……なんとにたっし、すざくにかんず……」
「急にまたどうして?」
「なんか声だか音だかが聞こえたんだとよ」
「……」
昴は突然黙ると、あごに手を添えて考え込んだ。
「昴?」
秋之介が呼びかけると、昴はゆっくりと顔を上げた。
「朱咲様、なのかな……」
「朱咲様?」
「音が聞こえるっていうのは僕もときどきあかりちゃんから聞いたことがあるよ。だけど交感の咒言を唱えるのは初めて見た。もしかしてあかりちゃんが聞いてる、というかあかりちゃんにしか聞こえない声っていうのは朱咲様の声なんじゃないのかなって」
「……なるほどな」
人一倍耳の良い秋之介にも聞こえない声をあかりだけが拾っているということを常々疑問に思ってはいたが、昴の仮説が正しいのならそれも納得できる。
二人は再び中庭に目を向けた。咒言を唱え終わったあかりはじっと宙を見つめ、赤い光の残照の中に佇んでいる。その後ろ姿は見えない何かを探しているようにも、微かな音も聞き逃すまいと耳をすませているようにも見えた。しかし、あかりはやがて諦めたように縁側の方へと踵を返した。
「おかえり、あかりちゃん。冷たいお茶があるよ」
あかりは昴と秋之介を順番に見ると、首を傾げた。
「すばる、あき。……ゆづき、いない」
「ゆづは今取り込み中だってんで、それが終わってから来るぜ」
あかりはよくわからなかったのか目を瞬かせていたが、昴には思い当たる節があるらしく「ああ、あの件ね」と笑みをこぼしていた。
「明日だものね」
「あした」
「そうそう。まあ、そんときになればわかるさ」
昴も秋之介も楽しそうに笑うばかりで、あかりはますます深く首を傾げた。
『……あかり……』
「?」
お花見の日をきっかけに、あかりは人間姿に変化できるまでに霊力を取り戻していた。その影響なのか、あかりはときどきふと動きを止めては何かの声を探す素振りを見せるようになっていた。
「いま……こえ……」
「あかり? どうかしたか?」
また変化はもうひとつある。あれほどかみ合わなかった会話がたまにではあるが成り立つようになってきたのだ。
「こえ、きこえた」
「声?」
「すずのおと、きれい」
「声じゃなくて音なのか? どっちにしろ俺には何も聞こえなかったけどな」
「……きいつきいつ、たちまちうんかをむすぶ……」
「って、なんで交感の咒言なんだよ」
秋之介との会話は打ち切られ、あかりは熱心に交感の咒言を唱え始める。話し相手がいなくなり、秋之介が手持ち無沙汰にしていると、冷茶を持った昴があかりの部屋へやって来た。
「今日も暑いねぇ。秋くんは虎姿だし、余計に暑そうだね」
「んなこといったって人間姿に変化できねえのは相変わらずだししょうがねえだろ」
「そうなんだけどさ。ところであかりちゃんは?」
秋之介は中庭に向かってあごをしゃくった。
「炎天下で交感の咒言を唱えてる」
午の刻が近づき、太陽は南に高く昇っている。あかりはそちらへ身体を向け、咒言を唱え続けていた。
「……なんとにたっし、すざくにかんず……」
「急にまたどうして?」
「なんか声だか音だかが聞こえたんだとよ」
「……」
昴は突然黙ると、あごに手を添えて考え込んだ。
「昴?」
秋之介が呼びかけると、昴はゆっくりと顔を上げた。
「朱咲様、なのかな……」
「朱咲様?」
「音が聞こえるっていうのは僕もときどきあかりちゃんから聞いたことがあるよ。だけど交感の咒言を唱えるのは初めて見た。もしかしてあかりちゃんが聞いてる、というかあかりちゃんにしか聞こえない声っていうのは朱咲様の声なんじゃないのかなって」
「……なるほどな」
人一倍耳の良い秋之介にも聞こえない声をあかりだけが拾っているということを常々疑問に思ってはいたが、昴の仮説が正しいのならそれも納得できる。
二人は再び中庭に目を向けた。咒言を唱え終わったあかりはじっと宙を見つめ、赤い光の残照の中に佇んでいる。その後ろ姿は見えない何かを探しているようにも、微かな音も聞き逃すまいと耳をすませているようにも見えた。しかし、あかりはやがて諦めたように縁側の方へと踵を返した。
「おかえり、あかりちゃん。冷たいお茶があるよ」
あかりは昴と秋之介を順番に見ると、首を傾げた。
「すばる、あき。……ゆづき、いない」
「ゆづは今取り込み中だってんで、それが終わってから来るぜ」
あかりはよくわからなかったのか目を瞬かせていたが、昴には思い当たる節があるらしく「ああ、あの件ね」と笑みをこぼしていた。
「明日だものね」
「あした」
「そうそう。まあ、そんときになればわかるさ」
昴も秋之介も楽しそうに笑うばかりで、あかりはますます深く首を傾げた。
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