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第二四話 失われたもの
第二四話 一三
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時は流れ、秋が終わり、冬を越し、春を迎え、再び夏が巡ってきた。
戦いが終わってからは本当に穏やかな毎日が続いていて、つい一年前に激しい戦いがあったことなど悪い夢のようだとさえ思えた。
夢ならどんなにか良かっただろう。しかし、実際はひとつとして夢ではない。昴と秋之介の霊力は戻りきらないまま、結月の寿命が取り戻されるはずもなく、あかりは半妖姿のままずっと眠り続けている。
その日、山のような政務をある程度片付けてから、夕方になって結月はあかりのもとへやって来た。
あかりのことは信じているが、胸に巣食う不安が完全になくなるわけではない。
結月は布団から出ていたあかりの右手を縋るように握りしめた。
「ねえ、あかり。どうしたら、帰ってきてくれる? 笑ってくれる?」
一年が経った今でも、あかりの意識が戻らない原因ははっきりとはわかっていなかった。
だから結月にはこうしてあかりに語りかけ、彼女が帰ってくるのを待つ他ない。秋之介や昴が一緒にいるときには気丈に振る舞えても、こうしてあかりを前にして結月ひとりだけになると弱音にも似た本音がぽろりと口からこぼれ出てしまう。
「会いたいよ、あかり……」
あかりを待つのではなく、いっそ迎えに行けたらいいのにと思う。
返らない応えを待ち続け、そんなことを夢想しているうちに、結月はあかりと手をつないだまま夢の世界へ誘われた。
長い長い旅をしていた。
次々と移り変わる光景はもしかしたら記憶なのかもしれない。そこにはいつも青、白、黒の男の子の姿があった。彼らは怒ったり泣いたり、様々な表情をしていたが一番多く見かけたのは笑った顔だった。
彼らがあかりにとって大事な人たちだということまではわかるのに、どうしても名前が出てこない。だから戻りたい場所が言えず、ずっと夢の世界から出られずにいる。
こんなところでひとりきりは寂しい。
「会いたいよ……」
一体、誰に?
何度この自問自答を繰り返したことだろう。
今回だってまた答えは返ってこない。……そう、思っていたのに。
「あかり……?」
自分以外の声が聞こえて、あかりはばっと勢いよく振り向いた。そこには青が印象的な青年が佇んでいた。
「ゆ……」
(『ゆ』? 私、なんて言おうとして……?)
反射的に口から出かかった言葉に、あかり自身が一番困惑していた。
「あかり、だよね……? これ、夢?」
「あなた、は……」
記憶の中に何度も出てきた人だった。とても大事な人。大好きな人。でも名前がわからない。
その人は小さく頭を振って、独り言ちた。
「ううん、夢でも何でもいい」
そしてきれいな青い瞳であかりを見つめ直した。あかりもまた青い瞳に吸い込まれるようにして見つめ返す。なんだか懐かしい気がした。
「あかり。一緒に、帰ろう」
左手が差し出される。
名前はわからないのに、この手が安心できるものであることだけは知っていた。だからあかりは誘われるようにして自身の右手を重ねた。触れた手の温度に妙にほっとする。
その人はあかりの手を引いて、ゆっくりと歩き出した。
長い時間さまよい続けた夢の世界だというのに、青年は一切迷うことなくあかりを出口へと導く。出口に近づくにつれ、眩い光が大きくなっていく。
決して離れないように、もう迷わないように、手が握り直される。その手の大きさと優しい力強さ、そしてややひんやりとした温度を最後にあかりは夢の世界に別れを告げた。
戦いが終わってからは本当に穏やかな毎日が続いていて、つい一年前に激しい戦いがあったことなど悪い夢のようだとさえ思えた。
夢ならどんなにか良かっただろう。しかし、実際はひとつとして夢ではない。昴と秋之介の霊力は戻りきらないまま、結月の寿命が取り戻されるはずもなく、あかりは半妖姿のままずっと眠り続けている。
その日、山のような政務をある程度片付けてから、夕方になって結月はあかりのもとへやって来た。
あかりのことは信じているが、胸に巣食う不安が完全になくなるわけではない。
結月は布団から出ていたあかりの右手を縋るように握りしめた。
「ねえ、あかり。どうしたら、帰ってきてくれる? 笑ってくれる?」
一年が経った今でも、あかりの意識が戻らない原因ははっきりとはわかっていなかった。
だから結月にはこうしてあかりに語りかけ、彼女が帰ってくるのを待つ他ない。秋之介や昴が一緒にいるときには気丈に振る舞えても、こうしてあかりを前にして結月ひとりだけになると弱音にも似た本音がぽろりと口からこぼれ出てしまう。
「会いたいよ、あかり……」
あかりを待つのではなく、いっそ迎えに行けたらいいのにと思う。
返らない応えを待ち続け、そんなことを夢想しているうちに、結月はあかりと手をつないだまま夢の世界へ誘われた。
長い長い旅をしていた。
次々と移り変わる光景はもしかしたら記憶なのかもしれない。そこにはいつも青、白、黒の男の子の姿があった。彼らは怒ったり泣いたり、様々な表情をしていたが一番多く見かけたのは笑った顔だった。
彼らがあかりにとって大事な人たちだということまではわかるのに、どうしても名前が出てこない。だから戻りたい場所が言えず、ずっと夢の世界から出られずにいる。
こんなところでひとりきりは寂しい。
「会いたいよ……」
一体、誰に?
何度この自問自答を繰り返したことだろう。
今回だってまた答えは返ってこない。……そう、思っていたのに。
「あかり……?」
自分以外の声が聞こえて、あかりはばっと勢いよく振り向いた。そこには青が印象的な青年が佇んでいた。
「ゆ……」
(『ゆ』? 私、なんて言おうとして……?)
反射的に口から出かかった言葉に、あかり自身が一番困惑していた。
「あかり、だよね……? これ、夢?」
「あなた、は……」
記憶の中に何度も出てきた人だった。とても大事な人。大好きな人。でも名前がわからない。
その人は小さく頭を振って、独り言ちた。
「ううん、夢でも何でもいい」
そしてきれいな青い瞳であかりを見つめ直した。あかりもまた青い瞳に吸い込まれるようにして見つめ返す。なんだか懐かしい気がした。
「あかり。一緒に、帰ろう」
左手が差し出される。
名前はわからないのに、この手が安心できるものであることだけは知っていた。だからあかりは誘われるようにして自身の右手を重ねた。触れた手の温度に妙にほっとする。
その人はあかりの手を引いて、ゆっくりと歩き出した。
長い時間さまよい続けた夢の世界だというのに、青年は一切迷うことなくあかりを出口へと導く。出口に近づくにつれ、眩い光が大きくなっていく。
決して離れないように、もう迷わないように、手が握り直される。その手の大きさと優しい力強さ、そしてややひんやりとした温度を最後にあかりは夢の世界に別れを告げた。
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