【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第二四話 失われたもの

第二四話 一二

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中央御殿を出た三人は吹き抜ける風に身を震わせる。ひんやりと冷たい風は秋の終わりを感じさせた。
結月たちの足は自然とあかりの眠る玄舞家に向いていた。
今やほとんど戦えるだけの力を持たない彼らは、陰の国の元現帝派の残党狩りに参加していない。四家としての務めは政務くらいで、戦いながら政務も執り行っていた頃に比べれば暇なものだった。その空いた時間のほとんどをあかりも含めた幼なじみたちで過ごすことが日常になりつつあった。
「あかりちゃん、ただいま」
 玄舞家へ帰るとまずあかりの部屋へ顔を出す。
彼女はやはり邸を出る前と変わらずまぶたを閉じ、静かな寝息を立てていた。二月以上眠っていても霊力は回復しきらないらしく、姿は本性の半妖のもので、人間姿に狐の耳と尾を顕していた。
あかりの部屋の続きの間で、仕切りの襖を開け放ち、結月たちは座って昴が用意したお茶を飲んでいた。今日のお茶菓子はこし餡がたっぷり詰まった最中だ。
 休憩時間にこうして幼なじみたちでそろってお茶をすることは、小さな頃から変わらない光景だった。戦いがあったときでも、戦いが終わった今でも、日常風景の一部だ。けれど拭いきれない違和感があるのは、あかりの笑顔がないからだろう。確かに三人ともが寂しさと空しさを抱えていた。
特に結月が回復したばかりの頃はあかりを守りきれなかったために沈鬱な空気が三人の間を漂っていた。だが、ある日結月が言った。
「こういうの、やめよう。おれは、あかりのこと、信じる。必ず帰ってくる、笑ってくれるって」
 結月の言葉に、秋之介も昴もはっとした顔を見せた。
「そう、だよな。あかりのことを信じるなら、俺たちはいつも通りでいないとな」
「うん。あかりちゃんがいつ帰ってきてもいいように、僕たちはあかりちゃんの居場所を守って待とう。どんなに時がかかっても、ずっと」
 以来、結月たちは悲壮感を打ち消して、『いつも通り』に振る舞うことにした。あかりを信じればこそ、彼らは強く在れた。
「お、美味いな、この最中。これが食えないなんてあかりは損してんな」
「秋……。またそういうこと言う……」
 あかりをからかう秋之介を結月は呆れ眼で見遣る。二人のやり取りを前にして、昴がくすくす笑いながら「まあまあ」ととりなす。
 あかりの帰る場所はここにあるのだと。それが伝わるように結月たちは願っていた。
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