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第二一話 祈りの言霊
第二一話 四
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「なんだか懐かしい気分になるね」
湯飲みを置いた昴の口もとは緩く弧を描いている。一方の結月は複雑そうに眉を寄せた。
「どういう意味?」
「言葉通りの意味だよ。今のゆづくんを見てると昔を思い出すなって。あの頃は楽しかったなぁ」
細められた昴の黒の瞳は遠い過去を見つめているようだった。穏やかな微笑は嘘偽りなく当時が楽しいものだったと物語っている。
まだ何も失っていなかった、失うとも思っていなかったあの頃は幼なじみや家族と過ごす毎日が純粋に楽しくて仕方なかった。当たり前のように来る明日が希望に満ち溢れているものだと信じて疑わなかった。
昴にもあかりにも、今の結月の容姿はそういったことを思い出させた。結月本人も同じことだろうし、秋之介も少なからず似たようなことを考えたのではないか。
「今は今で楽しいと思うけどね」
昴はそう言って笑うが、その笑顔にはどこか寂しさも滲んでいた。無邪気に笑うには昴を含め、あかりたちはあまりに多くのものを失いすぎた。
しかし、だからこそ思うのだ。悲しみに胸を痛めた時間があったことは決して忘れられないが、それでも前を向いて強く今を生きなければならないと。
だからあかりは明るく笑う。
「じゃあ、もっともっと楽しくありたいね」
眩しい笑顔を向けられた二人は始めこそきょとんとしていたが、やがて目を細めてあかりに応えた。
「そう、だね」
「もっと楽しく、か。何がいいだろうね」
今、これからのことを語り合えることに確かな幸福を感じ、あかりは「そうだね、私は……」と思い描く未来を言葉に変えるのだった。
湯飲みを置いた昴の口もとは緩く弧を描いている。一方の結月は複雑そうに眉を寄せた。
「どういう意味?」
「言葉通りの意味だよ。今のゆづくんを見てると昔を思い出すなって。あの頃は楽しかったなぁ」
細められた昴の黒の瞳は遠い過去を見つめているようだった。穏やかな微笑は嘘偽りなく当時が楽しいものだったと物語っている。
まだ何も失っていなかった、失うとも思っていなかったあの頃は幼なじみや家族と過ごす毎日が純粋に楽しくて仕方なかった。当たり前のように来る明日が希望に満ち溢れているものだと信じて疑わなかった。
昴にもあかりにも、今の結月の容姿はそういったことを思い出させた。結月本人も同じことだろうし、秋之介も少なからず似たようなことを考えたのではないか。
「今は今で楽しいと思うけどね」
昴はそう言って笑うが、その笑顔にはどこか寂しさも滲んでいた。無邪気に笑うには昴を含め、あかりたちはあまりに多くのものを失いすぎた。
しかし、だからこそ思うのだ。悲しみに胸を痛めた時間があったことは決して忘れられないが、それでも前を向いて強く今を生きなければならないと。
だからあかりは明るく笑う。
「じゃあ、もっともっと楽しくありたいね」
眩しい笑顔を向けられた二人は始めこそきょとんとしていたが、やがて目を細めてあかりに応えた。
「そう、だね」
「もっと楽しく、か。何がいいだろうね」
今、これからのことを語り合えることに確かな幸福を感じ、あかりは「そうだね、私は……」と思い描く未来を言葉に変えるのだった。
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