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第二〇話 青の光
第二〇話 八
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(あかりの、声)
降りしきる雨の隙間にあかりの声が天近くにいる結月の耳にも届く。言霊の力のおかげかその声は雨音に途切れることなく、まるで流れる歌のように聞こえた。節が進むほどに目の前の禍々しい気が勢いを弱めていく。
(あかりたちも、頑張ってくれてる。おれも、おれにできることをやらないと)
結月は眼差しを鋭くして前を見据え、霊符を顕現させた。
東の地を預かる者としての矜持もあるが、結月を突き動かすのはもっと単純な理由からだ。
生まれ育った故郷を失いたくない。敬愛する両親や慕ってくれる家臣たち、あたたかな民を守りたい。そして何より、陽の国の一部であるこの東の地を守ることは、ひいてはかけがえのない幼なじみたちを、大好きな女の子を守ることにつながると信じているからだった。
(だから、何に代えても、守りきる)
あかりの反閇の祝詞が終わりに近づく。
「……我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ……」
地上にいるあかりの呼吸を感じ取り、合わせる。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
「……青柳護神」
「急々如律令!」
あかりと結月の声が重なる。
周辺の邪気が一掃され、眼前の気がかなり弱くなっている隙に、結月は霊符を発動させた。
(ここで、決着をつけないと)
結月の霊力が邪気を圧すも、邪気は反発しているようだった。霊符をかざした左手がびりびりと痺れる。
しかし、ここで下手を打つわけにはいかないのだ。
力のぶつかり合いにより、吹きつける風が大きなうなりをあげる。身体を打ちつける雨はさながら石のつぶてのようだった。
「……っ!」
その痛みにか、邪気を圧せない焦りにか、結月は歯を食いしばった。
(力が、足りない……。……なら、後先を考えてる場合じゃ、ない)
本当はやりたくなかったが、この状況を打破するためにはやむを得ない。結月は覚悟を決めると、左手の霊符に向かって全身をめぐる自身の気を送り込んだ。すると呼応するように霊符の発する青い光が輝きを増した。
(限界寸前までの力があれば、圧せるはず……!)
限界を見誤れば命にもかかわる賭けではあった。後で昴には叱られ、秋之介には呆れられるかもしれない。
(あかりにもきっと、心配させる、よね……)
この長い戦いのなかで、結月があかりの目覚めを待つことは何回かあった。そのときの悔しさと情けなさ、何よりも胸を引き絞るような痛みを結月は忘れられなかった。だからこそ思うのだ。
(あかりに、そんな思い、させたくなかったのにな……)
けれどこうすることでしか守りたいものを守れないのならば、結月の決心はとうについていて、迷いなどなかった。
震える左手に右手を添えて、結月は再度、霊符を発動させた。
「青柳護神、急々如律令‼」
降りしきる雨の隙間にあかりの声が天近くにいる結月の耳にも届く。言霊の力のおかげかその声は雨音に途切れることなく、まるで流れる歌のように聞こえた。節が進むほどに目の前の禍々しい気が勢いを弱めていく。
(あかりたちも、頑張ってくれてる。おれも、おれにできることをやらないと)
結月は眼差しを鋭くして前を見据え、霊符を顕現させた。
東の地を預かる者としての矜持もあるが、結月を突き動かすのはもっと単純な理由からだ。
生まれ育った故郷を失いたくない。敬愛する両親や慕ってくれる家臣たち、あたたかな民を守りたい。そして何より、陽の国の一部であるこの東の地を守ることは、ひいてはかけがえのない幼なじみたちを、大好きな女の子を守ることにつながると信じているからだった。
(だから、何に代えても、守りきる)
あかりの反閇の祝詞が終わりに近づく。
「……我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ……」
地上にいるあかりの呼吸を感じ取り、合わせる。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
「……青柳護神」
「急々如律令!」
あかりと結月の声が重なる。
周辺の邪気が一掃され、眼前の気がかなり弱くなっている隙に、結月は霊符を発動させた。
(ここで、決着をつけないと)
結月の霊力が邪気を圧すも、邪気は反発しているようだった。霊符をかざした左手がびりびりと痺れる。
しかし、ここで下手を打つわけにはいかないのだ。
力のぶつかり合いにより、吹きつける風が大きなうなりをあげる。身体を打ちつける雨はさながら石のつぶてのようだった。
「……っ!」
その痛みにか、邪気を圧せない焦りにか、結月は歯を食いしばった。
(力が、足りない……。……なら、後先を考えてる場合じゃ、ない)
本当はやりたくなかったが、この状況を打破するためにはやむを得ない。結月は覚悟を決めると、左手の霊符に向かって全身をめぐる自身の気を送り込んだ。すると呼応するように霊符の発する青い光が輝きを増した。
(限界寸前までの力があれば、圧せるはず……!)
限界を見誤れば命にもかかわる賭けではあった。後で昴には叱られ、秋之介には呆れられるかもしれない。
(あかりにもきっと、心配させる、よね……)
この長い戦いのなかで、結月があかりの目覚めを待つことは何回かあった。そのときの悔しさと情けなさ、何よりも胸を引き絞るような痛みを結月は忘れられなかった。だからこそ思うのだ。
(あかりに、そんな思い、させたくなかったのにな……)
けれどこうすることでしか守りたいものを守れないのならば、結月の決心はとうについていて、迷いなどなかった。
震える左手に右手を添えて、結月は再度、霊符を発動させた。
「青柳護神、急々如律令‼」
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