【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
289 / 389
第二〇話 青の光

第二〇話 八

しおりを挟む
(あかりの、声)
 降りしきる雨の隙間にあかりの声が天近くにいる結月の耳にも届く。言霊の力のおかげかその声は雨音に途切れることなく、まるで流れる歌のように聞こえた。節が進むほどに目の前の禍々しい気が勢いを弱めていく。
(あかりたちも、頑張ってくれてる。おれも、おれにできることをやらないと)
 結月は眼差しを鋭くして前を見据え、霊符を顕現させた。
 東の地を預かる者としての矜持もあるが、結月を突き動かすのはもっと単純な理由からだ。
 生まれ育った故郷を失いたくない。敬愛する両親や慕ってくれる家臣たち、あたたかな民を守りたい。そして何より、陽の国の一部であるこの東の地を守ることは、ひいてはかけがえのない幼なじみたちを、大好きな女の子を守ることにつながると信じているからだった。
(だから、何に代えても、守りきる)
 あかりの反閇の祝詞が終わりに近づく。
「……我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ……」
 地上にいるあかりの呼吸を感じ取り、合わせる。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
「……青柳護神」
「急々如律令!」
 あかりと結月の声が重なる。
 周辺の邪気が一掃され、眼前の気がかなり弱くなっている隙に、結月は霊符を発動させた。
(ここで、決着をつけないと)
 結月の霊力が邪気を圧すも、邪気は反発しているようだった。霊符をかざした左手がびりびりと痺れる。
 しかし、ここで下手を打つわけにはいかないのだ。
 力のぶつかり合いにより、吹きつける風が大きなうなりをあげる。身体を打ちつける雨はさながら石のつぶてのようだった。
「……っ!」
 その痛みにか、邪気を圧せない焦りにか、結月は歯を食いしばった。
(力が、足りない……。……なら、後先を考えてる場合じゃ、ない)
 本当はやりたくなかったが、この状況を打破するためにはやむを得ない。結月は覚悟を決めると、左手の霊符に向かって全身をめぐる自身の気を送り込んだ。すると呼応するように霊符の発する青い光が輝きを増した。
(限界寸前までの力があれば、圧せるはず……!)
 限界を見誤れば命にもかかわる賭けではあった。後で昴には叱られ、秋之介には呆れられるかもしれない。
(あかりにもきっと、心配させる、よね……)
 この長い戦いのなかで、結月があかりの目覚めを待つことは何回かあった。そのときの悔しさと情けなさ、何よりも胸を引き絞るような痛みを結月は忘れられなかった。だからこそ思うのだ。
(あかりに、そんな思い、させたくなかったのにな……)
 けれどこうすることでしか守りたいものを守れないのならば、結月の決心はとうについていて、迷いなどなかった。
 震える左手に右手を添えて、結月は再度、霊符を発動させた。
「青柳護神、急々如律令‼」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...