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第一九話 水無月の狂乱
第一九話 一四
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半刻後、結月は稽古場に戻って来た。その頃にはいつもの結月に戻っていて、静かな怒りは霧散していた。
「ごめん。勝手に、抜け出して」
口調こそ先ほどと変わらない淡々としたものだったが、声には申し訳なさが滲んでいた。
あかりと昴はそろって首を振る。
「結月が怒るなんて滅多にないからびっくりしたけど、ちゃんと戻ってきてくれて良かったよ」
「うん。……秋は?」
「秋くんはあのあと出て行ったきりだよ。まだ戻ってきていないし、そもそも今日中に稽古場に戻ってくる気があるのか……」
「……そう」
稽古場に誰のものとも知れないため息が落ち、沈黙が降りた。
(こんなときに仲違いするなんて……)
陰の国の侵攻が激しさを増しているということもあるが、仲間が辛い思いをしているこんなときこそ支え合わなければいけないとあかりは思う。父母や家臣、南の地の民を失ったとき、あかりが幼なじみたちに救われたように、今度はあかりが秋之介に寄り添いたいのだ。
『親父を亡くした痛みも、お袋を守り切れなかった悔しさも、おまえにはわかんねえよ!』
先刻、秋之介が結月に投げつけた悲痛な声があかりの耳の奥に蘇る。
秋之介の痛々しい叫びはあかりにも身に覚えのあるものだった。
母を失ったときの胸の痛みは今でも完全には消えていない。父は救えたと思うが、守り切れなかったのも事実だ。
それらがどれだけ辛く苦しいことか、あかりは身をもって知っている。
気が昂っている秋之介はしばらく一人にさせておけば次第に冷静さを取り戻し、あかりたちのもとに戻ってくる。いままでの喧嘩だったらあかりもそうしていただろうが、今回は訳が違う。そう思い至ったらいてもたってもいられなくなった。
「私、秋のところに行ってくるね」
「……そう、だね。あかりちゃんなら行っても大丈夫かもしれないね」
「うん。おれたちの代わりに、お願い、あかり」
昴と結月も秋之介のことがやはり心配だったのだろう。あかりに向けられた視線には安堵も含まれているように感じられた。
あかりは力強く頷き返すと、稽古場を出た。
「ごめん。勝手に、抜け出して」
口調こそ先ほどと変わらない淡々としたものだったが、声には申し訳なさが滲んでいた。
あかりと昴はそろって首を振る。
「結月が怒るなんて滅多にないからびっくりしたけど、ちゃんと戻ってきてくれて良かったよ」
「うん。……秋は?」
「秋くんはあのあと出て行ったきりだよ。まだ戻ってきていないし、そもそも今日中に稽古場に戻ってくる気があるのか……」
「……そう」
稽古場に誰のものとも知れないため息が落ち、沈黙が降りた。
(こんなときに仲違いするなんて……)
陰の国の侵攻が激しさを増しているということもあるが、仲間が辛い思いをしているこんなときこそ支え合わなければいけないとあかりは思う。父母や家臣、南の地の民を失ったとき、あかりが幼なじみたちに救われたように、今度はあかりが秋之介に寄り添いたいのだ。
『親父を亡くした痛みも、お袋を守り切れなかった悔しさも、おまえにはわかんねえよ!』
先刻、秋之介が結月に投げつけた悲痛な声があかりの耳の奥に蘇る。
秋之介の痛々しい叫びはあかりにも身に覚えのあるものだった。
母を失ったときの胸の痛みは今でも完全には消えていない。父は救えたと思うが、守り切れなかったのも事実だ。
それらがどれだけ辛く苦しいことか、あかりは身をもって知っている。
気が昂っている秋之介はしばらく一人にさせておけば次第に冷静さを取り戻し、あかりたちのもとに戻ってくる。いままでの喧嘩だったらあかりもそうしていただろうが、今回は訳が違う。そう思い至ったらいてもたってもいられなくなった。
「私、秋のところに行ってくるね」
「……そう、だね。あかりちゃんなら行っても大丈夫かもしれないね」
「うん。おれたちの代わりに、お願い、あかり」
昴と結月も秋之介のことがやはり心配だったのだろう。あかりに向けられた視線には安堵も含まれているように感じられた。
あかりは力強く頷き返すと、稽古場を出た。
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