【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一九話 水無月の狂乱

第一九話 一一

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 梓は例の火事にまつわる記憶を自身で作り替えているらしい。昴が言うことにはそれは防衛本能のようなもので、そうすることで梓は己の心を守っているという。
 現在の梓は火事があったことを忘れ、秋之介を菊助として認識している。もちろん彼女の世界では秋之介も生きていることになっているのだが、それらの矛盾に気づいたとき梓はひどく取り乱すのだった。
 ある日は菊助がいない悲しみ故に涙に暮れ、秋之介への申し訳なさ故に謝り続ける。ある日は辛い記憶はすっかり忘れて、今日のような明るい笑顔を見せることもある。
 秋之介だって辛いはずなのに、それでも梓の側に寄り添おうとするのは不安定な母親が心配で放っておくことができず、また残されたたった一人の家族を失うことが怖いからだ。
 梓のことはもちろん、そんな秋之介のこともあかりは等しく心配していた。
「……確かに、梓おば様にとっては今の方が幸せかもしれない。だけど、秋は?」
 あかりがひたと秋之介の瞳に目を合わせると、彼は白の瞳を僅かに左右に揺らしていた。それが答えなのだとすぐにわかった。
 何かが変わるかもと希望をもってここに来たはずなのに、秋之介の言動には自信がなく、どこか諦めが滲んでいるようにも感じられる。
 現状に流されてしまえば楽なのかもしれない。今は辛くとも、いずれ当たり前の光景になってしまえばその痛みは薄らぎ、やがて消えてしまうのかもしれない。
しかし、果たしてそれで梓や秋之介は幸せになれるのだろうか。
仮に梓が狂いきってしまったら彼女は仮初だとしても幸せになれるのかもしれない。けれど秋之介はそうはならないだろう。やるせなさと痛苦を一生抱えることになる。
「だったら、諦めちゃ駄目だよ。私が秋の側にいる限り、諦めさせてなんてあげないから」
 力強い光に煌めく赤の瞳に、秋之介は一瞬面食らったものの小さく声を立てて笑った。
「ははっ、そっか。そりゃ頼もしいこった」
 秋之介がようやく笑ってくれたことにあかりは密かに安堵し、ほっと笑み返した。
「そうだよ? 私、諦め悪いから覚悟しててよね」
 あかりと秋之介が笑い合っていると、診察を終えた昴と梓が会話に加わってきた。
 梓を見る秋之介の顔にはまだ強張りが残っていたものの、こぼれる笑みは自然なもので、あかりはやはり諦めたくはないと改めて心に決めたのだった。
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