【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
270 / 388
第一九話 水無月の狂乱

第一九話 六

しおりを挟む
「……」
 部屋の隅で、菊助は血の水たまりに横たわり、衣が血に染まるのも気にせずに梓が泣きついていた。その傍らで、膝をついた昴はうなだれ、拳を握っている。
 そのひと場面だけであかりは何が起こったのか理解してしまった。結月も黙って顔を伏せていた。ただ、秋之介だけが現状を受け入れられずに取り乱していた。
「なあ、親父!」
 呼びかけても揺すっても菊助は何の反応も示さず、部屋の隅に向けられた顔は炎の影によって表情すら読み取れない。
 昴が言いにくそうに、けれどもきっぱりとした口調で言う。
「秋くん。……菊助様は」
「昴なら、助けられるよな⁉」
「……」
「昴!」
「できることはしたよ。だけど、もう……」
 昴の言葉が言い終わらないうちに、秋之介の白い瞳は半狂乱な色から明らかな怒りの色へと変わった。
「なんでだよ!」
 誰に対する怒りなのか分からず、その場の誰もが返す言葉を持っていなかった。沈黙の空間に、炎の燃える音と梓の泣き声だけが空しく響き渡る。
「どうして、なんで、親父が! 親父だけが……っ!」
「秋……」
 結月が躊躇いがちに秋之介に呼びかけると、秋之介はきっと結月を睨んだ。まるで行き先を見失った怒りを八つ当たりのようにしてぶつけるように、秋之介は結月に向かって叫んだ。
「おまえにはわかんねぇよ!」
「秋。おれは……」
「うるせえ!」
「やめてよ!」
 あかりの一声に場が水を打ったように静まり返る。あかりは痛ましげに梓を見下ろして、それから秋之介の瞳を正面から見つめ返した。
「父親を失う痛みはよくわかるよ。だけど今けんかしてる場合じゃない。そうでしょ?」
 感情のままに叫ぶでもなく、静かに諭すあかりの声に秋之介の頭は少しだけ冷えたようだった。彼は憮然とした態度で口を閉ざした。
「……とにかく、いったん退こう」
 昴は菊助の遺体と倒れた陰の国の術使いをそれぞれ小さな結界に閉じ込める。あかりは梓を肩に支えて立ち上がった。梓は虚ろな目からとめどなく涙を流しながら、菊助の名を繰り返し呼んでいる。彼女の身体にはほとんど力が入っておらず、支えるあかりはよろめきかけた。そのときふっと梓の身体が軽くなった。
 梓を挟んで左を見ると、秋之介が梓の肩を支えていた。
「秋……」
「……」
 感情の整理がついていないであろう秋之介はあかりとは目を合わせず無言を貫いたが、母親である梓を支える力は強いものだった。
 あかりは秋之介を信じて梓のことを任せると、霊剣を顕現させて先頭を走ることにした。
「行こう!」
 そうしてあかりたちは燃え上がる白古家の邸を抜け出した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

龍神様の神使

石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。 しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。 そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。 ※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女

藤井ことなり
キャラ文芸
 OLのサクセスストーリーです。 半年前、アメリカ本社で秘書をしていた主人公、佐野千秋(さの ちあき) 突然、日本支社の企画部企画3課の主任に異動してきたが、まわりには理由は知らされてなかった。 そして急にコンペの責任者となり、やったことの無い仕事に振り回される。 上司からの叱責、ライバル会社の妨害、そして次第に分かってきた自分の立場。 それが分かった時、千秋は反撃に出る! 社内、社外に仲間と協力者を増やしながら、立ち向かう千秋を楽しんでください。 キャラ文芸か大衆娯楽で迷い、大衆娯楽にしてましたが、大衆娯楽部門で1位になりましたので、そのままキャラ文芸コンテストにエントリーすることにしました。 同時エントリーの[あげは紅は はかないらしい]もよろしくお願いいたします。 表紙絵は絵師の森彗子さんの作品です pixivで公開中

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

処理中です...