259 / 388
第一八話 凶星の瞬き
第一八話 七
しおりを挟む
あかりは微笑んだが、すぐに表情を硬くした。結月の背後に広がる星空で凶星が鈍く煌めいていた。あかりの視線の先を追った結月は背後を振り向き、夜空を見上げたが、あかりの「凶星……」という呟きに顔を戻した。
「……また、何かを奪われるの? 失うの?」
「あかり……?」
大事なものに限ってあかりの掌からどんどんこぼれていく。掌に残った数少ない大事なものを決して取りこぼさないよう、あかりは必死だった。
「さっき、結月が来る前に考えてたの。……ねえ、昴や秋も、結月も、いなくならないよね?」
あかりの縋るような眼差しに「大丈夫」と答えたくなるのを、結月はぐっと堪えた。その場しのぎの言葉はかえってあかりを傷つけることになるかもしれない。だから結月は慎重に言葉を選んで、自分の思うところを告げた。
「戦ってる以上、絶対は、ない。だけど、誰もあかりをひとりにしたいとは、思ってない」
「……」
「絶対だって言えることは、おれたちはあかりの側にいたい、あかりを守りたいって思ってるってこと。それを、信じてほしい」
「……うん」
「奪われないように、失わないように。どんな凶兆が出たとしても、おれたちはできることをして、諦めないで、戦い抜くだけ」
「……できることをして、諦めない……」
母と交わした『霊剣は護るために使い、祝詞は心をこめて謡うこと』、父と交わした『何があっても最後まで諦めないこと』という約束の言葉が耳の奥にこだました。たとえ両親の姿がなくなっても、その教えはあかりにしっかり残っている。なにも失ってばかりではないのだという事実と結月の真摯な言葉があかりを勇気づけてくれた。
「そうだよね。どんなに辛い現実だったとしても、希望ある未来のために私は抗いたい」
らしくなく沈んでばかりはいられない。欲しい未来があるのならただやってくるのを待つのではなく、自分から掴み取りにいかなければならない。前を向き続けることを決して忘れてはならないのだ。
あかりが自身を鼓舞するように強気な笑みを浮かべてみせると、結月は目を丸くした後、応えるように笑み返した。
「一緒に、戦おう。陰の国とも、運命とも。それで、欲しい未来を手に入れよう、きっと」
「うん……!」
そうしてあかりの意識をつなぎとめていた憂いごとは払拭され、代わりに心に安寧がもたらされるといよいよ本格的な眠気がやって来た。誘われるようにあかりはまぶたを下ろした。
結月の肩にかかる重みが増す。
「……あかり?」
結月が囁くように呼びかけても、返ってくるのは規則的な寝息だけだった。
結月はそっと音を立てないようにして動き出し、あかりを抱え上げると布団に寝かせた。
普段よりも速く大きい自分の心音であかりが目覚めやしないかひやひやしていたが、あかりは安らいだ顔をして眠ったままだった。あどけない寝顔に悪夢に囚われている様子は見受けられず、結月は「おやすみ、あかり」と優しく囁いて部屋を後にした。
「……また、何かを奪われるの? 失うの?」
「あかり……?」
大事なものに限ってあかりの掌からどんどんこぼれていく。掌に残った数少ない大事なものを決して取りこぼさないよう、あかりは必死だった。
「さっき、結月が来る前に考えてたの。……ねえ、昴や秋も、結月も、いなくならないよね?」
あかりの縋るような眼差しに「大丈夫」と答えたくなるのを、結月はぐっと堪えた。その場しのぎの言葉はかえってあかりを傷つけることになるかもしれない。だから結月は慎重に言葉を選んで、自分の思うところを告げた。
「戦ってる以上、絶対は、ない。だけど、誰もあかりをひとりにしたいとは、思ってない」
「……」
「絶対だって言えることは、おれたちはあかりの側にいたい、あかりを守りたいって思ってるってこと。それを、信じてほしい」
「……うん」
「奪われないように、失わないように。どんな凶兆が出たとしても、おれたちはできることをして、諦めないで、戦い抜くだけ」
「……できることをして、諦めない……」
母と交わした『霊剣は護るために使い、祝詞は心をこめて謡うこと』、父と交わした『何があっても最後まで諦めないこと』という約束の言葉が耳の奥にこだました。たとえ両親の姿がなくなっても、その教えはあかりにしっかり残っている。なにも失ってばかりではないのだという事実と結月の真摯な言葉があかりを勇気づけてくれた。
「そうだよね。どんなに辛い現実だったとしても、希望ある未来のために私は抗いたい」
らしくなく沈んでばかりはいられない。欲しい未来があるのならただやってくるのを待つのではなく、自分から掴み取りにいかなければならない。前を向き続けることを決して忘れてはならないのだ。
あかりが自身を鼓舞するように強気な笑みを浮かべてみせると、結月は目を丸くした後、応えるように笑み返した。
「一緒に、戦おう。陰の国とも、運命とも。それで、欲しい未来を手に入れよう、きっと」
「うん……!」
そうしてあかりの意識をつなぎとめていた憂いごとは払拭され、代わりに心に安寧がもたらされるといよいよ本格的な眠気がやって来た。誘われるようにあかりはまぶたを下ろした。
結月の肩にかかる重みが増す。
「……あかり?」
結月が囁くように呼びかけても、返ってくるのは規則的な寝息だけだった。
結月はそっと音を立てないようにして動き出し、あかりを抱え上げると布団に寝かせた。
普段よりも速く大きい自分の心音であかりが目覚めやしないかひやひやしていたが、あかりは安らいだ顔をして眠ったままだった。あどけない寝顔に悪夢に囚われている様子は見受けられず、結月は「おやすみ、あかり」と優しく囁いて部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる