【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一八話 凶星の瞬き

第一八話 四

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「……あかり?」
 寝不足で注意力が散漫になっているからか、物思いに耽りすぎたからか、あかりはその人の気配に全く気付かなかった。細い肩を跳ね上げ、ばっと声のした方を振り向くとそこには結月がいた。
「結、月……」
 詰めていた息を名前とともに吐き出す。
「……どうしてここにいるの? 確か今日は夕方に帰ったよね?」
「うん。だけど、気になることがあって、昴のところに寄った。そしたら、中庭にあかりの気配を感じたから、気になって」
 こんな時間に昴のところに訪れるなどよほど緊急の用件でもあったのだろう。あかりが「気になること?」と聞き返せば、結月は頷いて夜空を見た。
「凶星」
「ああ、そういうこと」
「……やっぱり、あかりも知ってた? だからこんな時間に、ここにいたの?」
「うーん、知ってはいたけどちょっと違うかな」
 あかりは誤魔化すように曖昧に笑った。
 結月のように凶星に呼ばれるようにして起きだしたのではない。あかりはただ夢見が悪くて寝直すこともできなかったから外に出た。そしてなんとなく見上げた夜空に偶然凶星を見たに過ぎない。胸騒ぎがしたのも凶星の気配に気づいたからではなく、夢の内容が尾を引いていたからだ。
(しっかりしなくちゃいけないのに、星の気配にも、結月の気配にも気づかないなんて。ここが戦場なら死んでいたっておかしくないのよ)
 三度目のため息がもれる。
 そんなあかりを結月はじっと見下ろして言った。
「あかり、ここのところ疲れてる。眠れてない?」
 やはり結月には誤魔化しがきかないようだった。
もしあかりが悪夢ばかり見るから眠れないなどと昴たちに話せば心配されることは目に見えていたので、心配ばかりかけている自覚があったあかりはそのことを伝えずにいた。それでもあかりも薄々察してはいたが、幼なじみたちはあかりが元気のないことに気づいていたに違いない。あえて訊かない幼なじみたちの優しさにあかりは甘えていたのだ。
でも、ここが観念のしどころかもしれない。気配に敏感でなければいけないのに、日常生活に支障を来しているのだ。これ以上隠し立てても良いことはないだろう。あかりは正直に白状することに決めた。
「結月の言う通り、最近はあんまり寝られてない。……悪夢を、見るの。お父様がいなくなってから、毎晩」
「うん」
「だから、寝るのが怖くて、寝不足で。ごめんね、心配かけてるのは知ってたの」
 結月は緩く首を振った。そしてまぶたを軽く伏せる。長いまつ毛が目元に影を落とした。
「でも、そう……。だったら、試してみる?」
「え? 何を?」
「こっち来て」
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