【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一六話 救いのかたち

第一六話 二四

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「本当に、死が救いになるのかな……」
「……」
「諦めないでやってきた未来が今なら、その『救い』に縋るしかないの?」
「……そう、だね」
 感情を抑えこんだように平板な、けれどもどこか苦しそうな声が返ってきた。
「現実的に考えるなら、あかりが天翔様の穢れを払うことで、……死を、与えるしかないんだと、思う」
 突きつけられる現実にあかりの視界は再び滲みだした。
「だけど、私……決断なんて、できないよ……」
 父親を殺すなんて大それたことをしたら最後、手にかけたことへの罪悪感と罪責感、ひとり残される孤独感と寂しさにいっぱいいっぱいになってしまうだろう。そんなの耐えられそうになかった。
 瞬きすると涙の粒が転がり落ちる。同時に右手を柔らかに握られた。
「ひとりで、抱え込もうとしないで。あかりは、ひとりじゃ、ない」
「あ……」
 それは過去にも結月に言われたことがある言葉だった。あのときは怒り狂う朱咲にあかりが飲みこまれそうだったが、結月が繋ぎとめてくれたのだ。
『だからね、お願い、あかり。ひとりだなんて悲しいこと思わないで。全部を抱え込もうとしないで。ひとりじゃない。おれたちが、おれがいること、忘れないで』
 耳の奥に蘇る声に、目の前の結月の声が重なる。
「決断の責任を、あかりひとりで背負うこと、ない。あかりの父様にはなれなくても、ひとりには、しない。……おれが、いるから」
「ゆ、づき……」
 散々泣いたと思っていたのに、湧き上がるように涙が流れた。けれども今度は悲しく激しい涙ではなく、静かで温かな涙だった。
「天翔様を救おう、一緒に」
「……うん」
 あかりはようやく決心し、頷くことができた。

 玄舞家に戻って来たあかりと結月を昴たちはやや心配そうに出迎えたが、あかりの力強い瞳と凛とした表情を見て、皆一様に安堵の表情を浮かべた。
 改めて客間に座り直すと、あかりは正面の一樹と千代を見据えた。
「さっきは取り乱してごめんなさい。……心は、決まりました」
「はい」
「私は、お父様の穢れ払いをします。その結果、死がもたらされようとも、それも一種の救いのかたちなのだと思えるようになったから」
 今はもう離れているが、あかりの右手には先ほどまでの結月の左手の温度がまだ残っているような気がした。そんな右手をあかりはきゅっと握りしめる。
(そうだ。私はひとりなんかじゃない。……お父様を、救わなくちゃ)
 固い決意を胸に、あかりの瞳の赤が強く煌めいた。
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