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第一六話 救いのかたち
第一六話 一九
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あかりの言葉が終わらないうちに昴の結界を無視して妖狐がとびかかってきた。結月はあかりの腕を強く引いて自身の腕の中に閉じ込めると、空いていた右手で霊符を放った。
「風神去来、急々如律令……!」
霊符が青い光を放つと同時に強い風があかりと妖狐の間に吹き抜ける。妖狐は空中で回転すると後退して着地した。
「ちっ。下手に攻撃できない分、厄介だな……」
秋之介が苛立たしげに舌を打つ。彼もまた天翔をすぐには救えないことに焦燥感を抱いていた。
あかりも秋之介と同じような気持ちを抱えていたが、それをも打ち払うように言霊に思いをのせた。
「私は、諦めない……!」
周囲がぱっと赤に染まる。三人の視線が集まるのを感じた。
あかりは結月から身を離すと妖狐に向き直った。
「ねえ、お父様。一緒に帰ろう」
妖狐は低く唸り、身構えている。それでも構わずあかりは訴え続けた。
「何があっても諦めちゃいけないって、教えてくれたのはお父様だった。私はお父様を救いたい。だからその思いに応えることを、どうか諦めないで!」
「……」
「お父様‼」
ありったけの思いを込めてあかりが叫ぶと赤の光が一閃した。闇をも切り裂くような眩い光は、周囲の淀んでいた気を浄化し、燃え盛っていた炎をも打ち消した。
訪れた一瞬の静寂に、ぽつりと声が落ちた。
「……あ、かり……?」
茫洋とした瞳があかりを捉える。次第に意識が明瞭になり、視線が激しく左右に揺れた。
「わ、たしは、何ということを……!」
「お父様……!」
「来てはいけない!」
父が正気に戻ったと彼に近づこうとしたあかりだったが、その天翔に鋭く制されてしまった。そして天翔は二週間前に見たように苦しみだした。天翔は歯を食いしばり、痛みを堪えながら、あかりを見つめた。強く何かを訴えようとする眼差しに、あかりは言葉を忘れて立ち尽くした。
「……時間が、ない。よく、聞くんだ、あかり。約束を、守ってくれ、て、嬉しかった。でも、お父、様は、もう、壊れている……」
「壊れてる……? 何を言ってるの、お父様……」
「だ、から……もう、いいんだ、よ。あかりは、諦めずに、よく、やった」
「何がもういいの⁉ 私はまだお父様を救えてないのに!」
あかりの激情を、天翔は首をゆるゆると振って遮った。
「もう、手遅れ、なんだ……。それでもなお、救いがあると、いうのな、ら……」
天翔は赤の瞳を悲しみに染めて、目を細めた。
「もう、終わらせて、ほしい」
「何を」とは聞けなかった。父が死を望んでいるという事実にあかりは言葉を失った。結月たちも同様で、誰も何も声を発する者はいない。
無言の時の中、天翔はますます苦しそうにしていた。呼吸は荒く辛そうで、もう話すことも十分にできなさそうだった。途切れ途切れのかすれ声で、天翔は言う。
「お、父様は、戻るから……、あかりたち、は行き、なさい。……もう、傷つけるの、は、たくさんだ……」
「待ってお父様、行かないで!」
身を翻し雑木林の奥へと姿を消す天翔に、あかりは強く呼びかける。すると妖狐の動きが止まった。
(言霊が、思いが、届いた!)
「風神去来、急々如律令……!」
霊符が青い光を放つと同時に強い風があかりと妖狐の間に吹き抜ける。妖狐は空中で回転すると後退して着地した。
「ちっ。下手に攻撃できない分、厄介だな……」
秋之介が苛立たしげに舌を打つ。彼もまた天翔をすぐには救えないことに焦燥感を抱いていた。
あかりも秋之介と同じような気持ちを抱えていたが、それをも打ち払うように言霊に思いをのせた。
「私は、諦めない……!」
周囲がぱっと赤に染まる。三人の視線が集まるのを感じた。
あかりは結月から身を離すと妖狐に向き直った。
「ねえ、お父様。一緒に帰ろう」
妖狐は低く唸り、身構えている。それでも構わずあかりは訴え続けた。
「何があっても諦めちゃいけないって、教えてくれたのはお父様だった。私はお父様を救いたい。だからその思いに応えることを、どうか諦めないで!」
「……」
「お父様‼」
ありったけの思いを込めてあかりが叫ぶと赤の光が一閃した。闇をも切り裂くような眩い光は、周囲の淀んでいた気を浄化し、燃え盛っていた炎をも打ち消した。
訪れた一瞬の静寂に、ぽつりと声が落ちた。
「……あ、かり……?」
茫洋とした瞳があかりを捉える。次第に意識が明瞭になり、視線が激しく左右に揺れた。
「わ、たしは、何ということを……!」
「お父様……!」
「来てはいけない!」
父が正気に戻ったと彼に近づこうとしたあかりだったが、その天翔に鋭く制されてしまった。そして天翔は二週間前に見たように苦しみだした。天翔は歯を食いしばり、痛みを堪えながら、あかりを見つめた。強く何かを訴えようとする眼差しに、あかりは言葉を忘れて立ち尽くした。
「……時間が、ない。よく、聞くんだ、あかり。約束を、守ってくれ、て、嬉しかった。でも、お父、様は、もう、壊れている……」
「壊れてる……? 何を言ってるの、お父様……」
「だ、から……もう、いいんだ、よ。あかりは、諦めずに、よく、やった」
「何がもういいの⁉ 私はまだお父様を救えてないのに!」
あかりの激情を、天翔は首をゆるゆると振って遮った。
「もう、手遅れ、なんだ……。それでもなお、救いがあると、いうのな、ら……」
天翔は赤の瞳を悲しみに染めて、目を細めた。
「もう、終わらせて、ほしい」
「何を」とは聞けなかった。父が死を望んでいるという事実にあかりは言葉を失った。結月たちも同様で、誰も何も声を発する者はいない。
無言の時の中、天翔はますます苦しそうにしていた。呼吸は荒く辛そうで、もう話すことも十分にできなさそうだった。途切れ途切れのかすれ声で、天翔は言う。
「お、父様は、戻るから……、あかりたち、は行き、なさい。……もう、傷つけるの、は、たくさんだ……」
「待ってお父様、行かないで!」
身を翻し雑木林の奥へと姿を消す天翔に、あかりは強く呼びかける。すると妖狐の動きが止まった。
(言霊が、思いが、届いた!)
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