【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一五話 希望の声

第一五話 九

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 目的の寺子屋は東の地と北の地の境目あたりにある。あかりが着いたときには、先に十名ほどの子どもたちがいた。
「あかり先生だー!」
「おはようございます!」
 わっと子ども達に取り囲まれたあかりは彼らに笑顔を返した。すると寺子屋の中から若い女性が顔を出す。
「あかり様、おはようございます。今日もよろしくお願いいたします」
 女性は二十代後半で、この寺子屋の主でもあり、子ども達に読み書きや芸事などを教えている先生だった。
『桃花さん、おはようございます。こちらこそよろしくお願いします』
「どうぞ中へお入りください。今日はそろばんの授業から始めますよ」
『みんなも行こう』
 あかりが促すと、子どもたちも部屋に入っていった。

 そろばんの授業の後は、読み書きの授業だった。
(うん、よく書けてる)
 あかりが赤筆で花丸を書きつけると小さな女の子ははにかんで見せた。
「やったぁ! あかり先生から花丸もらえた」
「あ、ずるーい! おれにも!」
 少女の隣で少年が唇を尖らせる。かわいいわがままにあかりはふふっと微笑むと、彼の半紙にも花丸を書こうとした。
そのときだった。外から爆発のような大きな音が轟くとともに地面がぐらりと揺れた。次いで空気ががらりと変わったことに気がついた。仕事柄、邪気には比較的慣れているあかりでもその異常さに驚きを隠せないでいた。
(空気が一瞬で変わった⁉ それにこんなに強い邪気が前線でもない町中にまで届くなんて!)
 先ほどまで笑顔を見せていた少女の顔色は真っ青で、隣の少年も突然の出来事に怯えているようだった。桃花だけは気丈に振る舞っていて、子どもたちに落ち着くように指示を出していた。
 あかりも子どもたちをなだめながら、気配の大元をたどっていた。
(邪気の気配は……艮から⁉)
 あかりは息をのんだ。そこは昴たちが結界修復に向かった場所だったはずだ。彼らがいることと今しがたの衝撃が無関係だとは思えない。あかりはばっと桃花を振り返った。
「あかり様?」
『ごめんなさい、桃花さん。私、行かなくちゃ』
「行くってどこにです? 何が起きているのかもわからないのに外に出るなんて危険ですよ……!」
 桃花の言うことは正論ではあったが、あかりに聞き入れる余裕はない。正しさよりも守りたいものがあかりにはあるのだ。
(昴、秋、結月……!)
 あかりはもう一度謝ると、桃花の制止を無視して寺子屋を飛び出した。
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