【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一四話 交わす約束

第一四話 六

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 不穏な気配はそのままに雪月に入った。
 この日のあかりは昴のもとで朝から声の治療にあたっていた。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
 声が出ないのは呪詛の影響がまだ残っているためだと考えているらしい昴は貸し切った稽古場で禹歩を踏み、邪気を払おうと試みていた。その間あかりにできることはなく、ただ心身ともにじっとしているくらいのものであった。
 何度目かの禹歩の後、昴はようやく詰めていた息を吐いた。禹歩は想像以上に体力も精神力も消耗する。昴の息は僅かに上がっており、小さく肩で呼吸していた。
「……どう?」
「―っ」
 昴に促されてあかりは音を声に変えようと息を吸い、吐く。しかし期待通りの結果にはならなかった。
 声を失ってから四か月が経とうとしていた。このままでは声の出し方まで忘れてしまいそうだ。
 あかりが肩を落として緩く首を振ると、昴も「そっか……」と言ったきり黙り込んでしまった。
(そんな顔、しないでほしいのに……)
 声を失ったことについては味方の内で誰が悪いなどとはいえない。ほとんど事故にも近い形だったからだ。強いて言うなら戦いの最中のことであり、あかりの自己責任かもしれないが、昴はそのように考えてはいないようだった。もう気に病んではいないだろうが、昴は責任の一端は昴にもあると自身を責めているようだ。
「ごめんね、あかりちゃん。……他に方法がないか、また探してみるね」
 謝罪の言葉が痛々しい。
 あかりはせめて昴の心が僅かにでも軽くなるようにと、淡く微笑んで首を横に振った。
『謝らないで。大丈夫だよ、私だってまだ諦めるつもりはないから。いつかは声を取り戻せるよ』
「……ありがとう」
 昴は小さく笑み返すとおもむろに立ち上がった。
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