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第一三話 守りたいもの
第一三話 二
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考え事をしながら立ち尽くしていると、不意に背後に馴染みのある三つの気配を感じたのであかりは振り返った。そこには案の定、秋之介、結月、昴が佇んでいた。
「はよ、あかり」
「おはよう」
「……おはよう、あかりちゃん」
あかりはにっこり笑うと頷きを返した。
秋之介が呆れとも感嘆ともつかないため息をこぼす。
「こんな朝っぱらから稽古なんて熱心だな」
「無理だけは、しないでね」
「……」
あかりはこくりと頷きを返事に変え、ちらと昴を見た。
(最近、昴の調子がおかしいんだよね……)
あかりがこんこんと眠り続けている間、昴は懸命にあかりの治療にあたっていたという。その疲れが未だに残っているのか、それとも別の案件で気をもむことでもあるのか、ここ最近の昴の顔色はあまり良くなく、物思いに耽るように黙っていることが増えた。
一度『どうしたの?』と尋ねてみたことがあったが、昴ははっと我に返り曖昧な微笑みをつくると「大丈夫だよ」とお茶を濁した。以来あかりは同じ問いかけをすることはなく、昴の憂いの理由もわからずじまいである。
(結月や秋なら何か知ってるのかな)
昴のいないときにでも訊いてみようと思ったところで、「そうそう」と秋之介が声をあげた。
「朝飯に呼びに来たんだった。あかり、行こうぜ」
ご飯と聞いてあかりはぱっと顔を明るくした。秋之介は面白そうに笑うと、あかりと連れ立って稽古場を後にした。結月も後に続きかけたところで、動かない昴に気づきそっと呼びかけた。
「昴」
「……え、ああ、ごめんね。僕たちも行こうか」
ようやく歩き出した昴の顔を結月はちらりと横目にうかがうと、囁くような声で問いかけた。
「……昴は、迷ってる? あかりのこと、戦いには出したくないって」
昴は一瞬瞠目したものの、すぐに苦笑を浮かべた。
「やっぱりゆづくんにはわかっちゃうか……」
結月は静かに頷いた。
「こんなことはあんまり、言いたくない、けど……。もしもあかりの声が戻らなければ、もう、危険な目にあわせずに済むかもしれない。それはおれも、理解できるよ。だけど……」
「うん、ゆづくんの言う通り。だけどあかりちゃんはそんなこと望んでないよね。わかってる。……わかってるんだ……」
徐々に距離が開き、廊下の先で小さくなっていく少女の背中を見つめる。
小さな彼女はとてつもなく大きなものを背負っている。あかりのことは信じているが、それでもいつかその重さに耐えきれず潰されてしまうのではないかと昴は気が気でなかった。
(だったらこのまま……)
いまひとつ集中できないあかりの声の治療だけを緩やかに続けて、彼女を戦いの場からは遠ざけたいと考えてしまうのだ。それが如何に浅慮なのかもわかっている。だからこそ昴は迷い続けているのだ。
(あかりちゃんにはずっと笑っていてほしい。……どうすることが彼女の笑顔を守ることにつながる……?)
あかりの意思を尊重して治療に全力を尽くすか。それとも、戦いの場からは離れてもらって傷つくことなく過ごしてもらうか。
四つ年下の大事な大事な幼なじみの女の子をもう失いそうになることだけはしたくない。
昴は己の心が恐怖に支配されていることを悟った。
「はよ、あかり」
「おはよう」
「……おはよう、あかりちゃん」
あかりはにっこり笑うと頷きを返した。
秋之介が呆れとも感嘆ともつかないため息をこぼす。
「こんな朝っぱらから稽古なんて熱心だな」
「無理だけは、しないでね」
「……」
あかりはこくりと頷きを返事に変え、ちらと昴を見た。
(最近、昴の調子がおかしいんだよね……)
あかりがこんこんと眠り続けている間、昴は懸命にあかりの治療にあたっていたという。その疲れが未だに残っているのか、それとも別の案件で気をもむことでもあるのか、ここ最近の昴の顔色はあまり良くなく、物思いに耽るように黙っていることが増えた。
一度『どうしたの?』と尋ねてみたことがあったが、昴ははっと我に返り曖昧な微笑みをつくると「大丈夫だよ」とお茶を濁した。以来あかりは同じ問いかけをすることはなく、昴の憂いの理由もわからずじまいである。
(結月や秋なら何か知ってるのかな)
昴のいないときにでも訊いてみようと思ったところで、「そうそう」と秋之介が声をあげた。
「朝飯に呼びに来たんだった。あかり、行こうぜ」
ご飯と聞いてあかりはぱっと顔を明るくした。秋之介は面白そうに笑うと、あかりと連れ立って稽古場を後にした。結月も後に続きかけたところで、動かない昴に気づきそっと呼びかけた。
「昴」
「……え、ああ、ごめんね。僕たちも行こうか」
ようやく歩き出した昴の顔を結月はちらりと横目にうかがうと、囁くような声で問いかけた。
「……昴は、迷ってる? あかりのこと、戦いには出したくないって」
昴は一瞬瞠目したものの、すぐに苦笑を浮かべた。
「やっぱりゆづくんにはわかっちゃうか……」
結月は静かに頷いた。
「こんなことはあんまり、言いたくない、けど……。もしもあかりの声が戻らなければ、もう、危険な目にあわせずに済むかもしれない。それはおれも、理解できるよ。だけど……」
「うん、ゆづくんの言う通り。だけどあかりちゃんはそんなこと望んでないよね。わかってる。……わかってるんだ……」
徐々に距離が開き、廊下の先で小さくなっていく少女の背中を見つめる。
小さな彼女はとてつもなく大きなものを背負っている。あかりのことは信じているが、それでもいつかその重さに耐えきれず潰されてしまうのではないかと昴は気が気でなかった。
(だったらこのまま……)
いまひとつ集中できないあかりの声の治療だけを緩やかに続けて、彼女を戦いの場からは遠ざけたいと考えてしまうのだ。それが如何に浅慮なのかもわかっている。だからこそ昴は迷い続けているのだ。
(あかりちゃんにはずっと笑っていてほしい。……どうすることが彼女の笑顔を守ることにつながる……?)
あかりの意思を尊重して治療に全力を尽くすか。それとも、戦いの場からは離れてもらって傷つくことなく過ごしてもらうか。
四つ年下の大事な大事な幼なじみの女の子をもう失いそうになることだけはしたくない。
昴は己の心が恐怖に支配されていることを悟った。
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