【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
165 / 389
第一三話 守りたいもの

第一三話 一

しおりを挟む
あかりが目覚めてから数日が経った。声こそ戻らないものの持ち前の丈夫さであかりは体力も妖力もみるみる回復させていった。
過保護な幼なじみたちはあかりにはまだ休んでいてほしいらしかったが、じっとしていることなどできないあかりは今日も朝早くに起床した。
「―」
 今日こそは声が出るのではないかと淡い期待を抱き息を吸い込むも、吐き出した息は音を紡がず、あかりはがっくりと肩を落とした。声が出ないので言霊は操れないけれど、妖力はあるので霊剣は顕現させられるのが唯一の救いだ。
 あかりは気を取り直すと今日の稽古を始めるべく玄舞家の稽古場に足を進めた。

 朝早いこの時間の稽古場にはまだ誰もいなかった。
 あかりは霊剣を喚び出すと心の中で謡いながら舞い始めた。
(天地の父母たる六甲六旬十二時神・青柳・蓬星・天上玉女・六戊・蔵形之神、我が母神たる朱咲に願い奉る……)
 静謐な場に自身の衣擦れの音と霊剣が空気を裂く音がやけに大きく響くように感じられる。
(……我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ……)
 自身の立てる音すらも耳に入らなくなってくるころには、稽古場の空気は完全に清められていた。あかりは仕上げとばかりに心中で祝詞の最後の文言を唱えながら、禹歩を踏んだ。
(青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女。急々如律令!)
あかりが反閇を締めくくると同時に赤い光の粒が舞い散る。稽古場に射しこむ朝陽を受けて、光の粒はより一層輝いて見えた。あかりが手を伸ばして光の粒に触れると、それはぱちりと弾けて消えてしまった。
きれいだと思うけれど、どこか切なくなるのはあかりの現在の心境のせいだろうか。
(声さえ出れば元通りなのに……)
 現在あかりは任務から外されている。病み上がりというのもあるだろうが、言霊が操れないあかりは連れていけないというのが昴の主張だった。結月も秋之介も昴の意見に賛成のようで、あかりは粘ったが結局この決定を受け入れるしかなかった。
(確かに言霊なしじゃ前みたいに強大な力は使えないけど……)
 常に人員不足なのだから本来なら今のあかりでも任務に出たところでおかしくはない。それを認めてくれないのは単に戦力が弱まったからということだけが理由ではないことをあかりは薄々察していた。
 昴をはじめ、秋之介も結月も頑として首を縦に振らないのは、それだけ『葉月の凶事』が堪えたということだろう。あかりだって立場が逆なら同じように考えたかもしれないと思うから、渋々現状を受け入れているのだ。
(だけど、このままってわけにはいかないはず)
 そんな予感があるから、あかりは今できる稽古に励んでいた。
 声の治療は昴の宣言通り、彼自身が手を尽くしてくれている。あかりも諦めるつもりはなく、いつかは声を取り戻し、また任務に参加できるようになりたいと考えていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...