【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
139 / 388
第一一話 夏のひととき

第一一話 一

しおりを挟む
未だに天気のすぐれない日が多いが、梅雨明けの気配は感じられる文月のある日。
「今日は雨、降らないといいね」
「うん」
 あかりと同じように結月も空を見上げる。雨のにおいは感じられないが、雲が多かった。
例年行われてきた国を挙げての夏祭りを今年は三年ぶりに開催するということで町は活気づいていた。こんな非常時に祭りをやるなんてと反対する者らももちろんいたが、四家となにより御上が太鼓判を押したことで祭りは決行となった。
今日はその夏祭り当日である。
四家の者らは見回りの任務を与えられていて、あかりと結月もその最中だ。新年の祭りを見て回ったときに昴が言っていたように祭りの明るい気が邪気払いになっているのか、今のところ騒動は起こっていない。
任務中とはいってもある程度祭りを楽しむことは許可されているので民の明るい顔を眺めながら、あかりは途中で買ったりんご飴をのんびりと味わっていた。
「ん、美味しい。……それにしても、今日は何も起こらなそうだね」
 頷きかけた結月だったが突然「あ……」と小さな声をもらした。あかりは結月の顔を見上げてから彼の視線の先に目を留めた。
 そこには年端もいかない女の子がおろおろと視線を彷徨わせながら立っていた。女の子の頭からは三角の耳が、尾てい骨あたりからは二又のしっぽが出ていた。どうやら猫又の妖らしく、不安からか変化が上手くいっていない様子だ。
「迷子かな?」
「かも、しれない。声、かけてみよう」
 結月が迷いなく歩き出す。あかりはその後に続いた。
「こんにちは」
 結月はしゃがんで女の子と視線の高さを合わせると、普段よりも幾分柔らかな表情と声で女の子に話しかけた。
 あかりは結月の後ろで黙ってことの成り行きを見守っていた。その表情は愉しげだ。
(小さい子には特に優しいんだよね、結月は)
 もとより結月は誰よりも優しい性格をしているが、それも含め感情が表に出にくいところがある。本人も前者はともかく後者は自覚しているようで、小さい子ども相手には努めて柔らかな対応を意識しているようだった。
 こんなとき結月の優しさを感じられること、それを第三者にも知ってもらえることがあかりには嬉しくて誇らしかった。
 話しかけられた女の子は涙目で結月を見返すと、不安に揺れる声で「……こんにちは」と言った。
「迷子?」
 女の子はこくりと頷いた。
「誰と、祭りに来てたの?」
「お父さんとお母さん」
「わかった」
 結月はしゃがんだ体勢のまま、あかりを振り仰いだ。
「この子を、両親のもとに、送り届けたい。……いい?」
「もちろんだよ」
 あかりは笑顔で即答するといそいそと女の子の側に近寄った。膝を軽く折って目線の高さを下げると、あかりは女の子に笑いかけた。
「私はあかり。こっちは結月って言うの。あなたのお名前は?」
「小春」
「うん、小春ちゃんね。今から小春ちゃんのお父さんとお母さんを一緒に探そう」
「……ありがとう」
 小春の不安は少しだけ払われたのかもしれない。お礼を呟く声は小さくとも先ほどのように震えてはいなかった。
 結月は安心したように微笑みを落とすと小春に左手を差し出した。それに合わせてあかりも自身の右手を小春に向けて伸ばした。
「小春ちゃん、手をつないでいかない?」
「……うん」
 少し戸惑う素振りを見せたものの、小春はそっと両手にあかりと結月の手を握った。
「よしっ、行こう!」
 三人は横並びになって人並みの中に戻った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

生贄少女は九尾の妖狐に愛されて

如月おとめ
恋愛
これはすべてを失った少女が _____を取り戻す物語。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

処理中です...