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第一一話 夏のひととき
第一一話 一
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未だに天気のすぐれない日が多いが、梅雨明けの気配は感じられる文月のある日。
「今日は雨、降らないといいね」
「うん」
あかりと同じように結月も空を見上げる。雨のにおいは感じられないが、雲が多かった。
例年行われてきた国を挙げての夏祭りを今年は三年ぶりに開催するということで町は活気づいていた。こんな非常時に祭りをやるなんてと反対する者らももちろんいたが、四家となにより御上が太鼓判を押したことで祭りは決行となった。
今日はその夏祭り当日である。
四家の者らは見回りの任務を与えられていて、あかりと結月もその最中だ。新年の祭りを見て回ったときに昴が言っていたように祭りの明るい気が邪気払いになっているのか、今のところ騒動は起こっていない。
任務中とはいってもある程度祭りを楽しむことは許可されているので民の明るい顔を眺めながら、あかりは途中で買ったりんご飴をのんびりと味わっていた。
「ん、美味しい。……それにしても、今日は何も起こらなそうだね」
頷きかけた結月だったが突然「あ……」と小さな声をもらした。あかりは結月の顔を見上げてから彼の視線の先に目を留めた。
そこには年端もいかない女の子がおろおろと視線を彷徨わせながら立っていた。女の子の頭からは三角の耳が、尾てい骨あたりからは二又のしっぽが出ていた。どうやら猫又の妖らしく、不安からか変化が上手くいっていない様子だ。
「迷子かな?」
「かも、しれない。声、かけてみよう」
結月が迷いなく歩き出す。あかりはその後に続いた。
「こんにちは」
結月はしゃがんで女の子と視線の高さを合わせると、普段よりも幾分柔らかな表情と声で女の子に話しかけた。
あかりは結月の後ろで黙ってことの成り行きを見守っていた。その表情は愉しげだ。
(小さい子には特に優しいんだよね、結月は)
もとより結月は誰よりも優しい性格をしているが、それも含め感情が表に出にくいところがある。本人も前者はともかく後者は自覚しているようで、小さい子ども相手には努めて柔らかな対応を意識しているようだった。
こんなとき結月の優しさを感じられること、それを第三者にも知ってもらえることがあかりには嬉しくて誇らしかった。
話しかけられた女の子は涙目で結月を見返すと、不安に揺れる声で「……こんにちは」と言った。
「迷子?」
女の子はこくりと頷いた。
「誰と、祭りに来てたの?」
「お父さんとお母さん」
「わかった」
結月はしゃがんだ体勢のまま、あかりを振り仰いだ。
「この子を、両親のもとに、送り届けたい。……いい?」
「もちろんだよ」
あかりは笑顔で即答するといそいそと女の子の側に近寄った。膝を軽く折って目線の高さを下げると、あかりは女の子に笑いかけた。
「私はあかり。こっちは結月って言うの。あなたのお名前は?」
「小春」
「うん、小春ちゃんね。今から小春ちゃんのお父さんとお母さんを一緒に探そう」
「……ありがとう」
小春の不安は少しだけ払われたのかもしれない。お礼を呟く声は小さくとも先ほどのように震えてはいなかった。
結月は安心したように微笑みを落とすと小春に左手を差し出した。それに合わせてあかりも自身の右手を小春に向けて伸ばした。
「小春ちゃん、手をつないでいかない?」
「……うん」
少し戸惑う素振りを見せたものの、小春はそっと両手にあかりと結月の手を握った。
「よしっ、行こう!」
三人は横並びになって人並みの中に戻った。
「今日は雨、降らないといいね」
「うん」
あかりと同じように結月も空を見上げる。雨のにおいは感じられないが、雲が多かった。
例年行われてきた国を挙げての夏祭りを今年は三年ぶりに開催するということで町は活気づいていた。こんな非常時に祭りをやるなんてと反対する者らももちろんいたが、四家となにより御上が太鼓判を押したことで祭りは決行となった。
今日はその夏祭り当日である。
四家の者らは見回りの任務を与えられていて、あかりと結月もその最中だ。新年の祭りを見て回ったときに昴が言っていたように祭りの明るい気が邪気払いになっているのか、今のところ騒動は起こっていない。
任務中とはいってもある程度祭りを楽しむことは許可されているので民の明るい顔を眺めながら、あかりは途中で買ったりんご飴をのんびりと味わっていた。
「ん、美味しい。……それにしても、今日は何も起こらなそうだね」
頷きかけた結月だったが突然「あ……」と小さな声をもらした。あかりは結月の顔を見上げてから彼の視線の先に目を留めた。
そこには年端もいかない女の子がおろおろと視線を彷徨わせながら立っていた。女の子の頭からは三角の耳が、尾てい骨あたりからは二又のしっぽが出ていた。どうやら猫又の妖らしく、不安からか変化が上手くいっていない様子だ。
「迷子かな?」
「かも、しれない。声、かけてみよう」
結月が迷いなく歩き出す。あかりはその後に続いた。
「こんにちは」
結月はしゃがんで女の子と視線の高さを合わせると、普段よりも幾分柔らかな表情と声で女の子に話しかけた。
あかりは結月の後ろで黙ってことの成り行きを見守っていた。その表情は愉しげだ。
(小さい子には特に優しいんだよね、結月は)
もとより結月は誰よりも優しい性格をしているが、それも含め感情が表に出にくいところがある。本人も前者はともかく後者は自覚しているようで、小さい子ども相手には努めて柔らかな対応を意識しているようだった。
こんなとき結月の優しさを感じられること、それを第三者にも知ってもらえることがあかりには嬉しくて誇らしかった。
話しかけられた女の子は涙目で結月を見返すと、不安に揺れる声で「……こんにちは」と言った。
「迷子?」
女の子はこくりと頷いた。
「誰と、祭りに来てたの?」
「お父さんとお母さん」
「わかった」
結月はしゃがんだ体勢のまま、あかりを振り仰いだ。
「この子を、両親のもとに、送り届けたい。……いい?」
「もちろんだよ」
あかりは笑顔で即答するといそいそと女の子の側に近寄った。膝を軽く折って目線の高さを下げると、あかりは女の子に笑いかけた。
「私はあかり。こっちは結月って言うの。あなたのお名前は?」
「小春」
「うん、小春ちゃんね。今から小春ちゃんのお父さんとお母さんを一緒に探そう」
「……ありがとう」
小春の不安は少しだけ払われたのかもしれない。お礼を呟く声は小さくとも先ほどのように震えてはいなかった。
結月は安心したように微笑みを落とすと小春に左手を差し出した。それに合わせてあかりも自身の右手を小春に向けて伸ばした。
「小春ちゃん、手をつないでいかない?」
「……うん」
少し戸惑う素振りを見せたものの、小春はそっと両手にあかりと結月の手を握った。
「よしっ、行こう!」
三人は横並びになって人並みの中に戻った。
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