【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
119 / 388
第九話 訪れる転機

第九話 九

しおりを挟む
昴は一行を、客間ではなく裏庭に案内した。もし少年少女が裏切った場合に躊躇なく対応できるようにということだろう。
 座ることもせず、昴は少年少女に話を促した。
 少年と少女は互いの顔を見合わせると、頷きあった。
「すぐに信用されるとも思っていませんが、我々はあなた方を裏切りません。その証拠に、名乗らせていただきます」
 名前を知られるということはほとんど危ない橋を渡るようなものだった。名前ひとつで呪いをかけられたり、術に利用されたりするからだ。それをわかっていて、彼らは名前を明かすことにしたようだ。
「私は渡瀬千代です」
「自分は渡瀬一樹と申します。千代の兄です」
「……君たちの誠意はわかったよ。とりあえずは信用することにするよ」
 一樹と千代は胸を撫でおろすと、どちらからともなく話し出した。
「お知らせしたいのは陰の国の現状についてです」
「話は五年ほど前にさかのぼります」
 五年前、陰の国では先代の帝が崩御したという。先代の帝には息子がひとりいたがまだ幼く、国を治めることなどできなかったという。その代わりに帝の座についたのは先代の帝の弟であった。
「それから彼は暴政を敷き始めたのです」
 千代が憂い顔で呟いた。
 その頃から陰の国は陽の国に侵攻する計画を立てていたらしい。
「彼は人と妖が共存する陽の国を異様に恐れているようでした。当時の国の間の緊張感もあって、彼はもし陽の国が陰の国に侵攻してきたらと怯えているようでもありました」
 そしてそれが陰の国が陽の国に侵攻してくる事態につながったという。
 昴は納得顔で頷いた。
「確かに五年前あたりから被害が拡大し始めた。話は一致しそうだね」
 あかりも当時のことを思い出していた。そのころは結界修復に昴がよく駆り出されていたことが印象強い。任務もあかりと結月、秋之介の三人で行うことが多くて、寂しかったことを覚えている。
 一樹と千代の話は続いた。
 時は進み、現在の帝と本来の幼帝で派閥争いが生じるようになった。現在の帝は富国強兵を掲げ、妖を式神という名の兵器として利用しているという。一方で幼帝派は陽の国との衝突は避け、慎ましやかな国政を敷きたいと考えている。為政者は半々に分かれたが、国民も同様だった。現在の帝に関してはそれこそが保身につながると信じて疑わない者がいる一方で、悪政だと非難する者もいるらしい。対して幼帝に関しても穏やかな国を目指したいと考える者がいる一方で、幼い上に逃げ腰で信用ならないとそしる者もいるというのだ。
「つまり、陽の国は陰の国の後継者争いに巻き込まれてるってこと?」
「そういうことになります」
 昴の確認に、一樹は苦い表情で肯定した。
「現在の陰の国は一枚岩ではありません。陽の国で暴れているのは現在の帝を支持する者たちです。誓って我々幼帝派は手を出していません。むしろ奴らを止めるために必死なのです」
「今日、妖狐を追っていたのも、そのため……?」
 結月の静かな声も聞き逃さず、千代は「はい」と頷いた。
「また逃がしてしまいましたが……。でもあの妖狐は危険なので、早く何とかしないと……」
 言葉には焦りがにじみ出ていた。あかりは「危険ってどういうこと?」と首を傾げた。
「あの妖狐は現在の帝が直接使役している最強の妖狐なのです」
 そこであかりと結月ははたと顔を見合わせた。千代の言を信じるなら、あのとき顔を隠していた式神使いは帝本人ということになる。
「だから気配がおかしかったんだね……」
「うん。……大事に至らなくて、良かった」
 あかりと結月が囁き合っていると、「陰の国の現状は以上です」と一樹が締めくくった。続けて千代が話を引き取る。
「皆様にお伝えしたいことはもうひとつあります」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...