【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
110 / 389
第八話 喪失の哀しみに

第八話 一五

しおりを挟む
玄舞家の邸に着くと、三人はすぐに昴に会いに行った。
 昴は自室で政務に追われていたが、あかりたちの姿を認めると手を止めた。
「三人揃ってどうしたの?」
「あのね、さっき結月たちと話してたんだけど……」
 代表してあかりが事の経緯を語ると、昴は眉をひそめた。
「言いたいことはわかったよ。だけど、妖の魂を救いきれなくて消滅してしまうことなんて、昨日今日の話じゃないよね。一体どういう風の吹きまわし?」
 さらに昴は追い打ちをかけるように続けた。
「それに僕は口酸っぱく言ってるよね? 救える命には限りがあって、優先順位があるんだって。そんなことしてあかりちゃんたちに何かあったらどうするの?」
 昴の厳しい口調に、あかりは思わず口をつぐんでしまう。諸手をあげて賛成されるとは思っていなかったが、ここまで詰問されるとも思っていなかった。
 しかし、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。仲間として、昴にはあかりたちの意志を認めてもらいたかった。あかりは息を吸い込んだ。
「今さらかもしれない。私だって仕方ないって思ってた部分はあって、諦めかけてたんだと思う。だけど……」
 妖を想う結月や秋之介の心を、優しさを目の当たりにしてしまったから。悲しさや悔しさを知ってしまったから。
「やっぱりこのままなんて嫌だよ……! 簡単に実現しないことはわかってるけど、やる前から諦めたくないの。頑張りたいの!」
 昴は冷たい視線をあかりに向けた。それを真正面から受け止めていると、横から結月と秋之介も声をあげた。
「妖を救える可能性が、ないわけじゃない。なら、試す価値は、ある」
「昴が俺たちの心配をするのはわかる。だけど、それでもあかりの示す可能性に賭けてみたいんだ!」
 対照的な熱い視線を一身に受けても、昴はしばらく表情を変えなかった。それでもなお、あかりたちが昴を見つめていると、やがて根負けした昴が大きなため息をついた。
「本当に、君たちは言っても聞かないんだから……」
「昴……!」
「あかりちゃんたちの気持ちはわかったし、僕もできることは協力するよ。だけど一つだけ忘れないで」
 昴は真剣みを帯びた声で言った。
「僕にとって優先する命は常にあかりちゃんとゆづくんと秋くんだってこと。それが守られないなら僕は協力できないよ」
「うん、忘れないよ」
 あかりたちが各々頷くと、昴はやっと表情を和らげた。
「それで、あかりちゃんたちはそれも持ってきてくれたんだね」
 それ、と言って昴が指さしたのはあかりが持っている梅の枝だった。
「春の訪れを感じるよね」
「今年はみんなで梅の観賞ができなかったから、私と結月からのおすそ分けだよ」
 あかりが枝を差し出すと、昴はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ふたりとも」
「どういたしまして!」
 笑顔を返すあかりの隣で、結月は小さく首を振った。
「次の春にはみんなで梅が見られるといいね」
 あかりの声音は弾んでいる。それに水を差さないように昴は「そうだね」と努めて穏やかな声を返した。
 昴は机上の書類の山をちらりと見遣った。
そこでは、残酷な現実が噓偽りなく詳細に報告されている。取りこぼす命は増える一方で、あかりたちがどうあがこうと被害は拡大するばかりだった。あかりたちにはこの報告書は届いていないにしろ、体験的に実感していることだろう。
来年どころか明日さえも不安になる毎日の中で、それでもあかりは前を向くことを忘れない。だから結月も秋之介も、他ならない昴だって来る明日を信じられるのだ。
喪失の哀しみはこれからも続くことだろう。けれどもあかりがいる限り、例え小さくはあっても希望を信じてみようと思えるのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...