【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
103 / 388
第八話 喪失の哀しみに

第八話 八

しおりを挟む
 厨に行き、料理番に声を掛けると料理番は「もうすぐできますよ」と言い、あかりたちには客間で待つように告げた。あかりたちは言われた通りに先ほどの客間に戻った。
「今日のお昼ご飯は何だろうね」
 あえて普段のような明るい声でそう言って、あかりは三人を振り返った。
昴のことも和也のことも忘れてはいない。親しい仲間を失って、あかりだって悲しい。しかしここで暗い顔をすることはしたくなかった。あかり以上に辛いはずの昴がいつも通りに振る舞おうとしているから、あかりも彼の意に沿いたいと思った。
 その思いは結月や秋之介も同じで、彼らもあかりの調子にあわせて、話に乗ってくれた。
「俺は肉が食いたい」
「さっき見たけど……、今日は、魚」
「……まあ、魚でもいいけどよ」
「お魚かぁ。焼くのもいいけど煮るのも美味しいよね」
 あかりたちの会話に聞き入っていた昴だったが、しばらくすると会話の輪に加わってきた。
「今日はサバの味噌煮だよ。さっき教えてもらったんだ」
 昴はにこりと微笑んだ。笑ってくれたことも話に入ってきてくれたことも嬉しくて、あかりはぱっと顔を輝かせた。
「わあ! 楽しみ!」
「あかりちゃんがここに来てから、料理番の腕がさらに上がってる気がするよ」
 昴はおかしそうに小さく噴き出した。
「美味しいものを食べると元気になるからね。食事って大事だと思うよ」
「うん、そうだね」
 徐々にいつもの四人らしさが戻ってきていることに安心したからかもしれない。四人は顔を見合わせて笑いあった。
 すると梁を軽く叩く音がした。
「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
「どうぞ、入って」
 昴の声に膳を持った給仕の者が入室してくる。彼女たちは洗練された動きで食事の場を整えると、きれいな一礼をして客間を出ていった。
 膳を見て、あかりは目を輝かせた。
「今日のお昼ご飯も美味しそう!」
 つやのあるふっくらした白米に、葱とわかめと豆腐の味噌汁。主菜は昴が教えてくれたようにサバの味噌煮で、副菜には大根と人参の紅白なますときんぴらごぼうの二つの小鉢がついていた。ちなみに柴漬けも添えられている。
 一汁三菜がそろった献立は、栄養面はもちろん見た目にも食欲をかきたてられる。
 「いただきます!」と手を合わせてから、あかりはさっそく箸をとって味噌汁をすすった。丁寧にとられた出汁の香りと風味豊かな味噌の味に心とお腹がほっと満たされるのを感じ、あかりは目を細めた。
「玄舞家のお味噌汁はやっぱり美味しいね」
「こだわってるみたいだからね」
 味噌汁の椀を置いた昴が穏やかに微笑む。
(昴もちょっとは元気になったかな)
 白米を咀嚼しながら、あかりは昴を見て、それから向かいに座る結月と秋之介に視線を移した。
 結月は箸で器用にサバの小骨を取り除いている。その隣では秋之介がなますの酸っぱさに口をすぼめていた。それを見て、あかりは頬を緩めた。
 ありふれた食事時の光景だと思う。だがそこには確かに大事な幼なじみがいて、会話と笑顔がある。
四人一緒なら支え合える。辛いことも乗り越えていける。
 なにげないこのひと時が疲れも悲しみも僅かにでも癒してくれたらいいと、あかりは胸の内でそっと願った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

呪われて

豆狸
恋愛
……王太子ジェーコブ殿下の好きなところが、どんなに考えても浮かんできません。私は首を傾げながら、早足で館へと向かう侍女の背中を追いかけました。

処理中です...