【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第六話 幸せはいつもそばに

第六話 一八

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 店主の男性にお金を渡して、白い板と爪楊枝をそれぞれ受け取る。そこからは無言で作業にのめりこんだ。
 あかりは半分ほど削り出したところで、細かな部分を欠いてしまった。隣を見ると、結月は真剣な顔で作業を続けていた。手元にも目をやると三分の二ほどの型がきれいに抜かれていた。しばらく待っていると、型はすっかり取り出された。
「結月くんは相変わらず器用だな」
 店主はかかっと笑うとどの景品が欲しいか結月に訊いたが、結月はあかりを見た。
「あかりはどれがいい?」
「え、私が選んじゃっていいの?」
 結月が頷いたので、あかりは景品の置かれた棚に目をやった。カルメ焼きやきな粉飴などのお菓子や、竹とんぼや紙風船といった遊具など子どもの好きそうなものが棚を占めるなかであかりの目を引いたのは髪飾りだった。先ほどの思い出話にも影響を受けたのかもしれない。つまみ細工でできた可愛らしい意匠のかんざしを指し示して「これがいいな」と言うと、結月は目を細めた。
「昔も髪飾りを欲しがってたよね」
「そのときも結月がとってくれたんだよね。普段使いするには子どもっぽい意匠だけど、なんだかその時のことが思い出されてね」
「うん、いいと思う」
 話を聞いていた店主が景品をあかりに差し出す。
「これだね? はいよ」
「ありがとう、おじさん」
 あかりは受け取った髪飾りを屋台の灯りにかざして見た。赤色と桃色の布が花を形作っていて、確かに子どもっぽくはあるが愛らしい雰囲気だ。
 せっかくだからと、あかりはかんざしを挿すことにした。とはいえこの場では他の客の迷惑になりかねないので、少し離れた人の掃けた場所に移動する。
 お嬢様結びにした際にまとめた方の髪束を団子にしていこうとするも、長い髪は扱いにくい。あかりが苦戦していると見かねた結月が手を貸してくれた。
「うん、できた」
 結月の呟きは満足げな響きを帯びていた。懐から手鏡を取り出したあかりは、鏡の端に自身の後頭部を映しこんだ。団子は整っており、そこに挿されたかんざしも確認できた。
「ありがとう。どう? 似合ってる?」
「うん、かわいい」
 優しく微笑まれ、あかりの胸がどきりと高鳴った。しかしそれも一瞬のことで、すぐに現実を思い出す。
「そろそろ半刻経つよね」
「そうだね。中央御殿に戻ろうか」
 名残惜しくはあったが、二人は屋台と人で賑わう玄舞大路を後にした。

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