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第五話 朱咲の再来
第五話 三〇
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秋之介は神饌を下げ、送神の儀を執り行う。
「一心奉送上所請、一切尊神、一切霊等、各々本宮に還り給え、向後請じ奉らば、即ち慈悲捨てず、急に須く光降を垂れ給え」
三度唱え、二礼してから秋之介は祭壇前から退場し、あかりたちに儀式の完了を伝えた。
「ありがとう、秋」
「あかりが一番頑張ってたと思うぜ」
お守りをあかりに返しながら、秋之介が言った。その目はこころなしかほのかに赤い。
「そうかな。結局泣いちゃったよ?」
「でもちゃんと話せてたよ」
「偉いね」と言いながら昴はあかりの頭を撫でた。
「ひとりじゃない、自分とまわりのみんなを愛しなさい、か。……うん、今なら私、朱咲様と上手くやっていけそうな気がするよ」
自身の胸を軽く押さえて、あかりは心の中の朱咲に語りかけた。
(朱咲様。私は大事な貴女様が怒りに任せて誰かを傷つける様を見たくはないです。だって、貴女様はとても慈愛に満ちたお方でしょう。傷つかないはずないのに、そんなことされたら私は悲しくなります)
すると鈴の音のような涼やかで可愛らしい声が胸の内から返ってきた。
『そなたが、悲しむのか? 妾はそんなことを望んでなどいない。ただ、愛した者たちの無念を思うとやりきれないのじゃ』
(それは私も同じです。だけど、ひとりではないのです)
心に結月、秋之介、昴、他にも大勢の今を生きる大切な人を思い浮かべて、あかりは思った。
(生きている私たちは、やはり同じ時を生きる彼らを悲しませてはいけないと思うのです。愛した人たちを胸に、愛する人たちを護り、生きていかなくては)
『あかり……』
(朱咲様は人ではないけれど、私の愛する人のひとりなのです。だからどうか、一緒に生きてはくださいませんか。私とともに『これから』を護ってほしいのです)
心からの思いを正直な言葉に変えて朱咲に届ける。言霊は朱咲に伝わったようだ。
『まこと、人の子とは強いものよ。……相分かった。妾は愛しいそなたのために力を尽くそう』
あかりが感謝の言葉を述べると、朱咲は小さく微笑んだような気配だけを残し、あかりの意識できない領域に消えたようだった。朱咲とわかりあえたおかげか、あかりの胸はすっと軽く、晴れやかなものになった。
傍らで様子をうかがっていた結月がふと呟いた。
「あかりの気配、ちょっと変わった」
「え?」
「あったかくて、熱い。優しいけど、力強い。まるで消えないともし火みたい」
「……朱咲様と交わったからかも。でも、うん。結月の言うように、なんだか胸がぽかぽかするんだ」
今までにない感覚だったが、すっとなじんで心地が良いとすら感じる。それが朱咲の愛なのだろうと、あかりは彼女の再来をその身で歓迎した。
「一心奉送上所請、一切尊神、一切霊等、各々本宮に還り給え、向後請じ奉らば、即ち慈悲捨てず、急に須く光降を垂れ給え」
三度唱え、二礼してから秋之介は祭壇前から退場し、あかりたちに儀式の完了を伝えた。
「ありがとう、秋」
「あかりが一番頑張ってたと思うぜ」
お守りをあかりに返しながら、秋之介が言った。その目はこころなしかほのかに赤い。
「そうかな。結局泣いちゃったよ?」
「でもちゃんと話せてたよ」
「偉いね」と言いながら昴はあかりの頭を撫でた。
「ひとりじゃない、自分とまわりのみんなを愛しなさい、か。……うん、今なら私、朱咲様と上手くやっていけそうな気がするよ」
自身の胸を軽く押さえて、あかりは心の中の朱咲に語りかけた。
(朱咲様。私は大事な貴女様が怒りに任せて誰かを傷つける様を見たくはないです。だって、貴女様はとても慈愛に満ちたお方でしょう。傷つかないはずないのに、そんなことされたら私は悲しくなります)
すると鈴の音のような涼やかで可愛らしい声が胸の内から返ってきた。
『そなたが、悲しむのか? 妾はそんなことを望んでなどいない。ただ、愛した者たちの無念を思うとやりきれないのじゃ』
(それは私も同じです。だけど、ひとりではないのです)
心に結月、秋之介、昴、他にも大勢の今を生きる大切な人を思い浮かべて、あかりは思った。
(生きている私たちは、やはり同じ時を生きる彼らを悲しませてはいけないと思うのです。愛した人たちを胸に、愛する人たちを護り、生きていかなくては)
『あかり……』
(朱咲様は人ではないけれど、私の愛する人のひとりなのです。だからどうか、一緒に生きてはくださいませんか。私とともに『これから』を護ってほしいのです)
心からの思いを正直な言葉に変えて朱咲に届ける。言霊は朱咲に伝わったようだ。
『まこと、人の子とは強いものよ。……相分かった。妾は愛しいそなたのために力を尽くそう』
あかりが感謝の言葉を述べると、朱咲は小さく微笑んだような気配だけを残し、あかりの意識できない領域に消えたようだった。朱咲とわかりあえたおかげか、あかりの胸はすっと軽く、晴れやかなものになった。
傍らで様子をうかがっていた結月がふと呟いた。
「あかりの気配、ちょっと変わった」
「え?」
「あったかくて、熱い。優しいけど、力強い。まるで消えないともし火みたい」
「……朱咲様と交わったからかも。でも、うん。結月の言うように、なんだか胸がぽかぽかするんだ」
今までにない感覚だったが、すっとなじんで心地が良いとすら感じる。それが朱咲の愛なのだろうと、あかりは彼女の再来をその身で歓迎した。
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