378 / 389
小話
貴女に捧げる強さと約束
しおりを挟む
「天神の母、玉女。南地の母、朱咲。我を護り、我を保けよ。我に侍えて行き、某郷里に至れ。杳杳冥冥、我を見、声を聞く者はなく、その情を覩る鬼神なし」
不意の襲撃に対応しきれない。あかりは息を上げながら、必死に祝詞を奏上しては舞い続けた。
「我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ」
白く点滅する視界の中で、結月たちも懸命に応戦している様子が見て取れた。
(ここで私が頑張れないと、みんなが……!)
かすむ意識をなんとかつなぎ止め、震えそうになる手足に力をこめる。霊剣が空を切り裂く音がどこか他人事のように遠くの音に感じられた。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
四縦五横に九字を切り、最後に残った力を振り絞って「急々如律令!」と唱えた。途端に赤い光の奔流が辺り一帯を支配する。その光に触れた式神は浄化され、あるべきところに魂魄が還っていく。式神使いは慌ててその場を立ち去った。
そこまで見届けたところで、あかりの意識は完全に途切れた。
「あかり……! よかった、目が覚めた」
「お前また無茶して。バカ!」
「お願いだから心配させるようなことばっかりしないでよ」
「結月、秋、昴……」
あかりが身を起こして障子の向こうを見遣ると、既に空は暗くなっていた。どうやら倒れて半日ほど経ってしまったらしい。
「ごめんね、心配かけて。ってそれより、みんなは平気なの? 怪我してないんだよね?」
戦いの最中で見た光景を思い返す。結月たちに傷ついてほしくなくて、あかりは全力を尽くしたのだ。
「してないよ。けどね、『そんなこと』って何? あかりちゃんはもっと自分の身を大事にして」
怖い顔で諭してくる昴を目にして、彼が本気で怒っているのだとわかった。
怒る昴は怖い。けれども、あかりにも譲れないものがあった。
「でも、私にだって守りたいものがあるんだよ。そのためになら多少の無理なんて大したことじゃない」
「あかり、反省してない」
「ほんとバカだな」
結月と秋之介にも鋭く睨まれた。
「そんなやり方がいつまでも続くわけないでしょ。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないのに、あかりちゃんはそれをわかってないよ」
「だって! できることをやらないでみんなが傷つくのを見てるだけなんて、私、嫌だよ!」
売り言葉に買い言葉で、あかりも感情のままに叫んだ。三人が驚いて口をつぐんだのを隙とみて、あかりは言葉を継いだ。
「みんなが本気で心配して怒ってることはわかってるよ。だけど、私にも信条があるの。私の力は守りたいものを守るためにあるんだから、誰に何と言われようとこれだけは譲れない」
結月は畳の目を見つめ黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……だったら、おれがもっと強くなったら、あかりは無茶しない?」
そこに怒りの色はなかった。代わりに静かで力強い視線があかりを射抜く。
「あかりの信条は変わらないかもしれないけど、それで負担は軽くなる?」
「それは、まあ……」
理論的にはそうだろうと、あかりは曖昧に頷いた。
「だったら、約束してほしい。いつかおれがあかりを守れるくらい強くなったときは、無茶しないでほしいって」
「ええ?」
今だって決して弱いわけではないと思うが。あかりは言い募ろうとしたが、昴と秋之介の声に遮られた。
「賛成。僕たちのお姫様は強いから、情けないことにすぐにとはいかないかもしれないけど」
「俺たちのためを思うなら約束しろよ?」
「もう……わかったよ。約束する」
結局言いくるめられてしまった。しかし、あかりは困ったように、くすぐったそうに笑うのだった。
それから二年が経ったが、あかりの無茶は相変わらずだった。その結果、陰の国の大群相手に力を尽くし、連れ去られるという事態にまで発展してしまった。
己の不甲斐なさに、腹が立つ。結月は固く拳を握りしめた。
(いつも、そう。あかりの強さに追いつけないで、未だに守れもしない)
もう後がない。結月は今日も厳しい修行に明け暮れる。
すべては約束を果たすため。大好きな彼女を今度こそ守るために。
不意の襲撃に対応しきれない。あかりは息を上げながら、必死に祝詞を奏上しては舞い続けた。
「我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ」
白く点滅する視界の中で、結月たちも懸命に応戦している様子が見て取れた。
(ここで私が頑張れないと、みんなが……!)
かすむ意識をなんとかつなぎ止め、震えそうになる手足に力をこめる。霊剣が空を切り裂く音がどこか他人事のように遠くの音に感じられた。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
四縦五横に九字を切り、最後に残った力を振り絞って「急々如律令!」と唱えた。途端に赤い光の奔流が辺り一帯を支配する。その光に触れた式神は浄化され、あるべきところに魂魄が還っていく。式神使いは慌ててその場を立ち去った。
そこまで見届けたところで、あかりの意識は完全に途切れた。
「あかり……! よかった、目が覚めた」
「お前また無茶して。バカ!」
「お願いだから心配させるようなことばっかりしないでよ」
「結月、秋、昴……」
あかりが身を起こして障子の向こうを見遣ると、既に空は暗くなっていた。どうやら倒れて半日ほど経ってしまったらしい。
「ごめんね、心配かけて。ってそれより、みんなは平気なの? 怪我してないんだよね?」
戦いの最中で見た光景を思い返す。結月たちに傷ついてほしくなくて、あかりは全力を尽くしたのだ。
「してないよ。けどね、『そんなこと』って何? あかりちゃんはもっと自分の身を大事にして」
怖い顔で諭してくる昴を目にして、彼が本気で怒っているのだとわかった。
怒る昴は怖い。けれども、あかりにも譲れないものがあった。
「でも、私にだって守りたいものがあるんだよ。そのためになら多少の無理なんて大したことじゃない」
「あかり、反省してない」
「ほんとバカだな」
結月と秋之介にも鋭く睨まれた。
「そんなやり方がいつまでも続くわけないでしょ。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないのに、あかりちゃんはそれをわかってないよ」
「だって! できることをやらないでみんなが傷つくのを見てるだけなんて、私、嫌だよ!」
売り言葉に買い言葉で、あかりも感情のままに叫んだ。三人が驚いて口をつぐんだのを隙とみて、あかりは言葉を継いだ。
「みんなが本気で心配して怒ってることはわかってるよ。だけど、私にも信条があるの。私の力は守りたいものを守るためにあるんだから、誰に何と言われようとこれだけは譲れない」
結月は畳の目を見つめ黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……だったら、おれがもっと強くなったら、あかりは無茶しない?」
そこに怒りの色はなかった。代わりに静かで力強い視線があかりを射抜く。
「あかりの信条は変わらないかもしれないけど、それで負担は軽くなる?」
「それは、まあ……」
理論的にはそうだろうと、あかりは曖昧に頷いた。
「だったら、約束してほしい。いつかおれがあかりを守れるくらい強くなったときは、無茶しないでほしいって」
「ええ?」
今だって決して弱いわけではないと思うが。あかりは言い募ろうとしたが、昴と秋之介の声に遮られた。
「賛成。僕たちのお姫様は強いから、情けないことにすぐにとはいかないかもしれないけど」
「俺たちのためを思うなら約束しろよ?」
「もう……わかったよ。約束する」
結局言いくるめられてしまった。しかし、あかりは困ったように、くすぐったそうに笑うのだった。
それから二年が経ったが、あかりの無茶は相変わらずだった。その結果、陰の国の大群相手に力を尽くし、連れ去られるという事態にまで発展してしまった。
己の不甲斐なさに、腹が立つ。結月は固く拳を握りしめた。
(いつも、そう。あかりの強さに追いつけないで、未だに守れもしない)
もう後がない。結月は今日も厳しい修行に明け暮れる。
すべては約束を果たすため。大好きな彼女を今度こそ守るために。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる