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第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 八
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事前に話はしてあったので、すんなりと謁見の間に通された。
あかりたちが下座で並んで座して待っていると、直に司がやってきて、上座に設えられた一段高い半畳の畳の上に腰を下ろした。
司は八歳という年齢相応に幼い見た目の少年だった。黄色の髪は結月に引けを取らないくらいにさらさらで美しく、綺麗に短く切りそろえられている。同色の瞳はくりっとしていて愛らしいはずなのに、漂う威厳から鋭ささえ感じられる。あまりに異彩で強烈な存在感に、あかりは目が離せずにいた。左に座る昴に「あかりちゃん、頭下げて」と小声で注意され、慌てて指示に従った。
「昴さん、わざわざ呼び立てて申し訳ありませんでした」
「とんでもございません。火急の要件だったのでしょう」
司の声は声変わり前の男児のものだったが、口調は落ち着いていて凛としていた。
「結月さんと秋之介さんも、お変わりないようでなによりです」
「お心遣い、痛み入ります」
「御上様におかれましても、ご健勝のこととお見受けいたします」
司は丁寧に頷きを返すと、最後にあかりを見た。
「貴女があかりさんですね。ようやくお会いできて大変嬉しく思います」
黄色の瞳に見つめられ、あかりは緊張しながらもはきはきと答えた。
「お初にお目にかかります、朱咲あかりと申します。ご挨拶が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます」
「これはご丁寧にどうも。昴さんから報告は受けました。……大変でしたね」
同情や憐憫とは異なる、心底からあかりを労わるような声音だった。きっとこの方はお優しい質なのだとあかりは心の片隅で思った。
一通り挨拶を済ませて、本題に入る。
「急ぎあなた方にお越しいただいたのは、正式にお願いしたいことがあったからです」
丁寧な物言いではあるが、つまりは勅命である。どんな内容であれ、あかりたちに否を唱えることはできないのだ。司もこれから発する自身の言葉の重みを承知しているのだろう。まとう雰囲気がひと際張り詰めたものになった。
「どうかこの国を護っていただきたい。……何が、あっても」
謁見の間を沈黙が支配する。
幼いころから果たしていた任務は常に危険と隣り合わせだった。もちろん手を抜いたことなどない。大事な土地、愛する人、温かな日常を守るため、時にあかりは無茶することも珍しくはなかった。
しかし、今回は重みが違うとはっきり感じた。
陽の国を護るために、身命を賭してほしいと希われている。
痛いのも苦しいのも嫌いだ。死が怖くないわけがない。それでも……。
(もう失いたくない。それに遺された私がしなくちゃいけないこともある……)
あかりの胸の内に、昏い火が灯る。
「……謹んで、拝命いたします」
赤と黄が宙で交錯する。不気味なほど静かな赤の瞳に、司は何を思ったのだろう。無言で軽く顎を引くのみだった。
御上の手前、私語を控えている結月たちだったが、あかりの異様な気配には驚きを隠せないようだった。それでも各々司に諾と答えると、「余も力を尽くしますので、なんでも言ってください」と言い置いて退室した。あかりたちも謁見の間を出て、中央御殿を後にする。
門を出てすぐに、結月があかりの腕を引いた。
「結月?」
あかりが振り向き目に映した結月は、不安に表情を曇らせていた。
「どうしたの」
「……あかりはちゃんと戻って来たんだよね? どこにも行かないよね?」
「やだなぁ、何言ってるの。ちゃんとここにいるじゃない」
同意を求めて背後の秋之介と昴を振り返ったが、二人とも硬い表情をしていた。秋之介が先に口を開く。
「あかりさ、拝命したとき何考えてたんだ?」
「護りたいって思ったよ。みんなもそうでしょ?」
そのときのことを思い返しながら、あかりは素直に答えたが、秋之介はさらに険しい面持ちになった。
「本当にそれだけか」
「……仇を、討たないと……」
低く平板な声で、あかりは無意識に呟いた。
結月が強く手を握ったことで、あかりははっと我にかえった。
「私、今……」
口を戦慄かせるあかりに、昴があえて穏やかに言う。
「もう夜だし、まずは帰ってご飯にしよう」
「……うん」
障子ごしに灯りが揺れる町屋の並びを眺めながら、四人は無言で歩く。
あかりは自身の胸の音に耳を傾けた。火が爆ぜるパチパチという音が近くで聴こえた気がした。
あかりたちが下座で並んで座して待っていると、直に司がやってきて、上座に設えられた一段高い半畳の畳の上に腰を下ろした。
司は八歳という年齢相応に幼い見た目の少年だった。黄色の髪は結月に引けを取らないくらいにさらさらで美しく、綺麗に短く切りそろえられている。同色の瞳はくりっとしていて愛らしいはずなのに、漂う威厳から鋭ささえ感じられる。あまりに異彩で強烈な存在感に、あかりは目が離せずにいた。左に座る昴に「あかりちゃん、頭下げて」と小声で注意され、慌てて指示に従った。
「昴さん、わざわざ呼び立てて申し訳ありませんでした」
「とんでもございません。火急の要件だったのでしょう」
司の声は声変わり前の男児のものだったが、口調は落ち着いていて凛としていた。
「結月さんと秋之介さんも、お変わりないようでなによりです」
「お心遣い、痛み入ります」
「御上様におかれましても、ご健勝のこととお見受けいたします」
司は丁寧に頷きを返すと、最後にあかりを見た。
「貴女があかりさんですね。ようやくお会いできて大変嬉しく思います」
黄色の瞳に見つめられ、あかりは緊張しながらもはきはきと答えた。
「お初にお目にかかります、朱咲あかりと申します。ご挨拶が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます」
「これはご丁寧にどうも。昴さんから報告は受けました。……大変でしたね」
同情や憐憫とは異なる、心底からあかりを労わるような声音だった。きっとこの方はお優しい質なのだとあかりは心の片隅で思った。
一通り挨拶を済ませて、本題に入る。
「急ぎあなた方にお越しいただいたのは、正式にお願いしたいことがあったからです」
丁寧な物言いではあるが、つまりは勅命である。どんな内容であれ、あかりたちに否を唱えることはできないのだ。司もこれから発する自身の言葉の重みを承知しているのだろう。まとう雰囲気がひと際張り詰めたものになった。
「どうかこの国を護っていただきたい。……何が、あっても」
謁見の間を沈黙が支配する。
幼いころから果たしていた任務は常に危険と隣り合わせだった。もちろん手を抜いたことなどない。大事な土地、愛する人、温かな日常を守るため、時にあかりは無茶することも珍しくはなかった。
しかし、今回は重みが違うとはっきり感じた。
陽の国を護るために、身命を賭してほしいと希われている。
痛いのも苦しいのも嫌いだ。死が怖くないわけがない。それでも……。
(もう失いたくない。それに遺された私がしなくちゃいけないこともある……)
あかりの胸の内に、昏い火が灯る。
「……謹んで、拝命いたします」
赤と黄が宙で交錯する。不気味なほど静かな赤の瞳に、司は何を思ったのだろう。無言で軽く顎を引くのみだった。
御上の手前、私語を控えている結月たちだったが、あかりの異様な気配には驚きを隠せないようだった。それでも各々司に諾と答えると、「余も力を尽くしますので、なんでも言ってください」と言い置いて退室した。あかりたちも謁見の間を出て、中央御殿を後にする。
門を出てすぐに、結月があかりの腕を引いた。
「結月?」
あかりが振り向き目に映した結月は、不安に表情を曇らせていた。
「どうしたの」
「……あかりはちゃんと戻って来たんだよね? どこにも行かないよね?」
「やだなぁ、何言ってるの。ちゃんとここにいるじゃない」
同意を求めて背後の秋之介と昴を振り返ったが、二人とも硬い表情をしていた。秋之介が先に口を開く。
「あかりさ、拝命したとき何考えてたんだ?」
「護りたいって思ったよ。みんなもそうでしょ?」
そのときのことを思い返しながら、あかりは素直に答えたが、秋之介はさらに険しい面持ちになった。
「本当にそれだけか」
「……仇を、討たないと……」
低く平板な声で、あかりは無意識に呟いた。
結月が強く手を握ったことで、あかりははっと我にかえった。
「私、今……」
口を戦慄かせるあかりに、昴があえて穏やかに言う。
「もう夜だし、まずは帰ってご飯にしよう」
「……うん」
障子ごしに灯りが揺れる町屋の並びを眺めながら、四人は無言で歩く。
あかりは自身の胸の音に耳を傾けた。火が爆ぜるパチパチという音が近くで聴こえた気がした。
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