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第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 五
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昴が直々に淹れた緑茶を飲み、一息ついていると「それで」と、昴が切り出した。一瞬で引き締まった空気に、彼がこの後何を話そうとしているのかわかって、あかりは居住まいを正した。
「お察しの通り、この二年間に何があったのか、お互いの話をしよう」
あかりが視線を落としたのを見て、昴は柔らかくも芯の通った声で付け加える。
「酷なことを言ってる自覚はあるし、無理にとは言えないけど。でも、できれば話してほしいんだ」
昴の声に促されて顔を見上げれば、彼は痛みを堪えるような微笑みを浮かべていた。それだけで、この二年の間に昴に悲しいことがあったとうかがい知れた。そして、それを自身の口から話す覚悟もしているということも。
そんな昴の誠意に正面から向き合いたいとあかりは思った。自分だけ逃げるような真似はしたくない。
あかりは慎重に頷いた。
「わかった。私から話すね」
あかりは朱咲の屋敷へ駆けて行ったところから、順を追って説明した。
南朱湖の惨状、母の死、謎の符を目にしたこと。両親からのお守りをなくし、おぼれて気を失ったこと。半月後に目が覚めたら陰の国の牢中であったこと。それから粗末な食餌、暴言、暴力に加え、式神に下そうと何度も襲われたこと。それでも修行は続けていたこと。
三者三葉に途中不機嫌そうな顔はしていたが、結月たちは一言も口を挟まずに、最後まであかりの話を聞いていた。
話を聞き終えて最初に口を開いたのは昴だった。
「辛いこと話してくれてありがとう。それから……ごめんね」
「昴……」
彼の言う「ごめんね」は話をさせたことだけでなく、早く助けに行けなかったことを悔やむような響きがあった。現実主義で、過去だと割り切って引きずらない昴にしては考えられない言葉だった。
困惑したあかりは助けを求めて結月と秋之介を見たが、彼らもまた沈痛な面持ちで黙り込んでいる。
焦りに駆られて、引き留めようとした結月の手をかいくぐったのはあかりだ。その上囚われて、迷惑も心配もかけ続けて、謝るべきは自分の方なのに、これでは立つ瀬がなくなってしまう。あかりは必死に言葉を紡いだ。
「謝らないで。勝手をして謝らなきゃいけないのは私だよ。みんなは助けに来てくれたじゃない。ありがとう、本当に」
あかりの思いかあるいは言霊でも伝わったのか、昴たちはようやく顔を上げた。
「あかりちゃんは強いね」
昴が目を細めてあかりを見つめた。あかりは首を傾げるばかりだ。
「強い?」
「そう。希望を見失わず、己を見失わず。いつでも真っ直ぐな君が変わらないでいてくれて、本当に良かった」
昴の瞳が一瞬翳る。しかし深呼吸をひとつして、不穏な色を飲み込んだ。
「あかりちゃんがいない間にこっちであったことは僕から話すね」
特に異論を差しはさむ者はおらず、話は進んだ。
南の地の人々はほぼ全員亡くなり、葬式は直後に執り行われたこと。あかりの父の亡骸は未だ見つかっていないこと。結界巡回は三人で行っていて、時折あかりの声や気配は感じていたこと。陰の国が再侵攻してきて、標的の結月と秋之介を守っていた昴だったが、その間に昴の父や母、玄舞家の術使いの半数が殉死したこと。現在の四家当主はあかりも含むここにいる四人であること。
自分がいたら何か変わっていたのだろうか。詮ない自問に答えは出せないままだった。
代わりにあかりは別のことを口にした。
「私の声、届いてたんだね……」
結月がゆっくりと頷いた。
「あかりが諦めないで頑張ってくれてたから、おれたちも頑張れた」
「やっぱあかりがいないとな。張り合いがなくてつまんないぜ」
「改めて、あかりちゃん、おかえりなさい」
やっと、心から帰りたかった自分の居場所に戻ってくることができた。胸を震わせる安堵と喜びのままに、あかりはぱっと花咲くように笑った。
「待っててくれて、迎えに来てくれてありがとう。ただいま!」
太陽みたいに眩しく明るい笑顔は、結月たちにとって希望の光そのものに映った。
「お察しの通り、この二年間に何があったのか、お互いの話をしよう」
あかりが視線を落としたのを見て、昴は柔らかくも芯の通った声で付け加える。
「酷なことを言ってる自覚はあるし、無理にとは言えないけど。でも、できれば話してほしいんだ」
昴の声に促されて顔を見上げれば、彼は痛みを堪えるような微笑みを浮かべていた。それだけで、この二年の間に昴に悲しいことがあったとうかがい知れた。そして、それを自身の口から話す覚悟もしているということも。
そんな昴の誠意に正面から向き合いたいとあかりは思った。自分だけ逃げるような真似はしたくない。
あかりは慎重に頷いた。
「わかった。私から話すね」
あかりは朱咲の屋敷へ駆けて行ったところから、順を追って説明した。
南朱湖の惨状、母の死、謎の符を目にしたこと。両親からのお守りをなくし、おぼれて気を失ったこと。半月後に目が覚めたら陰の国の牢中であったこと。それから粗末な食餌、暴言、暴力に加え、式神に下そうと何度も襲われたこと。それでも修行は続けていたこと。
三者三葉に途中不機嫌そうな顔はしていたが、結月たちは一言も口を挟まずに、最後まであかりの話を聞いていた。
話を聞き終えて最初に口を開いたのは昴だった。
「辛いこと話してくれてありがとう。それから……ごめんね」
「昴……」
彼の言う「ごめんね」は話をさせたことだけでなく、早く助けに行けなかったことを悔やむような響きがあった。現実主義で、過去だと割り切って引きずらない昴にしては考えられない言葉だった。
困惑したあかりは助けを求めて結月と秋之介を見たが、彼らもまた沈痛な面持ちで黙り込んでいる。
焦りに駆られて、引き留めようとした結月の手をかいくぐったのはあかりだ。その上囚われて、迷惑も心配もかけ続けて、謝るべきは自分の方なのに、これでは立つ瀬がなくなってしまう。あかりは必死に言葉を紡いだ。
「謝らないで。勝手をして謝らなきゃいけないのは私だよ。みんなは助けに来てくれたじゃない。ありがとう、本当に」
あかりの思いかあるいは言霊でも伝わったのか、昴たちはようやく顔を上げた。
「あかりちゃんは強いね」
昴が目を細めてあかりを見つめた。あかりは首を傾げるばかりだ。
「強い?」
「そう。希望を見失わず、己を見失わず。いつでも真っ直ぐな君が変わらないでいてくれて、本当に良かった」
昴の瞳が一瞬翳る。しかし深呼吸をひとつして、不穏な色を飲み込んだ。
「あかりちゃんがいない間にこっちであったことは僕から話すね」
特に異論を差しはさむ者はおらず、話は進んだ。
南の地の人々はほぼ全員亡くなり、葬式は直後に執り行われたこと。あかりの父の亡骸は未だ見つかっていないこと。結界巡回は三人で行っていて、時折あかりの声や気配は感じていたこと。陰の国が再侵攻してきて、標的の結月と秋之介を守っていた昴だったが、その間に昴の父や母、玄舞家の術使いの半数が殉死したこと。現在の四家当主はあかりも含むここにいる四人であること。
自分がいたら何か変わっていたのだろうか。詮ない自問に答えは出せないままだった。
代わりにあかりは別のことを口にした。
「私の声、届いてたんだね……」
結月がゆっくりと頷いた。
「あかりが諦めないで頑張ってくれてたから、おれたちも頑張れた」
「やっぱあかりがいないとな。張り合いがなくてつまんないぜ」
「改めて、あかりちゃん、おかえりなさい」
やっと、心から帰りたかった自分の居場所に戻ってくることができた。胸を震わせる安堵と喜びのままに、あかりはぱっと花咲くように笑った。
「待っててくれて、迎えに来てくれてありがとう。ただいま!」
太陽みたいに眩しく明るい笑顔は、結月たちにとって希望の光そのものに映った。
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