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第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 二
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(あったかい)
右手に感じる体温はひどく心地よい。まどろみに未だ重たいまぶたをゆっくり持ち上げて、自身の右手に目をやった。
「結月……」
あかりの手を握り、座ったまま寝てしまったのだろう。結月の上半身はあかりが横になっている布団の上に伏せている。
(私が動いたら、結月も起きちゃうよね。せっかく気持ちよさそうに寝てるんだし、しばらくじっとしてよう)
あかりはなんとはなしに重ねられた結月の左手と静かな寝顔を見つめた。
(二年……。結月は十七歳になってるんだよね。大人になっちゃったなあ)
骨ばった大きな手はあかりの手をすっぽり包み込んでいる。顔立ちも中性的なのは変わらないが、より男性らしい骨格に近づいたようだった。
牢で再会したときには、抱きしめられる力の強さに心臓が跳ねた。あかりが破れなかった壁を一撃で破壊し、結界までの道を切り拓いた霊符の威力にもまた驚いた。
(でも、寝顔の幼さと優しいのは何にも変わらない。あのころのまま)
無防備な結月の顔を眺めて、あかりは小さく微笑んだ。
すると、結月はゆるゆると目を開けたかと思うと、ばっと身を起こした。ただし、手はそのままだった。
「あかり……! 起きたの、いつ」
「ついさっきだよ。おはよう、結月」
あかりが身を起こそうとすると、結月は背に手を添えてくれた。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「怠いけど、そんなに痛みは感じないよ」
「良かった……。七日間も目を覚まさないし、姿もずっと半妖のままだから、気が気でなくて……」
結月に指摘されて、あかりは自分が半妖姿であることを初めて意識した。二年間この姿のままだったからあまり気に留めることもなくなってしまったが、陽の国での常識では妖も半妖も人間の姿を取ることが習わしだ。あかりは狐の耳と尾を消そうとしたが、できなかった。どうやら人間姿に変化できるほど、力は回復していないようだ。
「力が戻ってないみたい」
「昴の術で生命維持してただけなんだから、当然。何か口にできそう?」
結月と会話しているうちに安心感がでてきたからか、僅かながらに空腹を感じた。
「うん。いっぱいは無理そうだけど、ちょっとなら」
結月はようやく微笑んだ。先ほどは寝顔と優しさは変わらないと思っていたが、こうしてみると笑顔も変わらないなと思った。幽かすぎてわかる人にしかわからない、しかし優しさに満ちた笑み。生きて帰ってきたのだと、改めて実感した。
結月はおもむろに立ち上がると、閉め切っていた障子を開ける。薄っすら明るかった室内に朝香る風が吹き込み、まだ橙色の陽光が射しこんだ。眩しさに目を細めながら縁側の向こうに広がる中庭を見ると、黒い玉砂利が敷き詰められた和風庭園だった。今更ながら、ここが昴の屋敷であることを知る。
「あかりが目覚めたって昴と秋に知らせてくる。あと、食べられるもの、持ってくるね」
結月が縁側から出て行こうとする後ろ姿を見て、あかりは突然不安に駆られた。
「い、行っちゃうの……?」
自分でも何を子供じみたことをと思わないでもないが、どうしようもなく一人になることが怖かった。とっさに口をついた言葉は微かに震えている。
「あかり?」
振り返った結月の顔は困惑気味だ。あかりは我にかえって「ううん。なんでもないよ」と慌てて言ったが、敏い結月はあかりの恐怖心を見抜いたようだった。すっとあかりの側に膝をつくと、手を取った。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
「絶対? すぐ?」
「絶対。すぐ」
結月が手を退けると、そこには青い紙包みがのせられていた。
「これって、金平糖?」
結月は軽く頷いた。
紙包みを開かずとも中身がわかったのは、小さなころから見慣れているままだったからだ。任務終わりやあかりが疲れているとき、決まって結月がくれるのは青い紙包みに入った金平糖だった。金平糖はあかりの大好物のひとつである。
「待ってて」
今度はあかりも引き止めることはせずに、結月が廊下の向こうに去っていくのを見送った。
右手に感じる体温はひどく心地よい。まどろみに未だ重たいまぶたをゆっくり持ち上げて、自身の右手に目をやった。
「結月……」
あかりの手を握り、座ったまま寝てしまったのだろう。結月の上半身はあかりが横になっている布団の上に伏せている。
(私が動いたら、結月も起きちゃうよね。せっかく気持ちよさそうに寝てるんだし、しばらくじっとしてよう)
あかりはなんとはなしに重ねられた結月の左手と静かな寝顔を見つめた。
(二年……。結月は十七歳になってるんだよね。大人になっちゃったなあ)
骨ばった大きな手はあかりの手をすっぽり包み込んでいる。顔立ちも中性的なのは変わらないが、より男性らしい骨格に近づいたようだった。
牢で再会したときには、抱きしめられる力の強さに心臓が跳ねた。あかりが破れなかった壁を一撃で破壊し、結界までの道を切り拓いた霊符の威力にもまた驚いた。
(でも、寝顔の幼さと優しいのは何にも変わらない。あのころのまま)
無防備な結月の顔を眺めて、あかりは小さく微笑んだ。
すると、結月はゆるゆると目を開けたかと思うと、ばっと身を起こした。ただし、手はそのままだった。
「あかり……! 起きたの、いつ」
「ついさっきだよ。おはよう、結月」
あかりが身を起こそうとすると、結月は背に手を添えてくれた。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「怠いけど、そんなに痛みは感じないよ」
「良かった……。七日間も目を覚まさないし、姿もずっと半妖のままだから、気が気でなくて……」
結月に指摘されて、あかりは自分が半妖姿であることを初めて意識した。二年間この姿のままだったからあまり気に留めることもなくなってしまったが、陽の国での常識では妖も半妖も人間の姿を取ることが習わしだ。あかりは狐の耳と尾を消そうとしたが、できなかった。どうやら人間姿に変化できるほど、力は回復していないようだ。
「力が戻ってないみたい」
「昴の術で生命維持してただけなんだから、当然。何か口にできそう?」
結月と会話しているうちに安心感がでてきたからか、僅かながらに空腹を感じた。
「うん。いっぱいは無理そうだけど、ちょっとなら」
結月はようやく微笑んだ。先ほどは寝顔と優しさは変わらないと思っていたが、こうしてみると笑顔も変わらないなと思った。幽かすぎてわかる人にしかわからない、しかし優しさに満ちた笑み。生きて帰ってきたのだと、改めて実感した。
結月はおもむろに立ち上がると、閉め切っていた障子を開ける。薄っすら明るかった室内に朝香る風が吹き込み、まだ橙色の陽光が射しこんだ。眩しさに目を細めながら縁側の向こうに広がる中庭を見ると、黒い玉砂利が敷き詰められた和風庭園だった。今更ながら、ここが昴の屋敷であることを知る。
「あかりが目覚めたって昴と秋に知らせてくる。あと、食べられるもの、持ってくるね」
結月が縁側から出て行こうとする後ろ姿を見て、あかりは突然不安に駆られた。
「い、行っちゃうの……?」
自分でも何を子供じみたことをと思わないでもないが、どうしようもなく一人になることが怖かった。とっさに口をついた言葉は微かに震えている。
「あかり?」
振り返った結月の顔は困惑気味だ。あかりは我にかえって「ううん。なんでもないよ」と慌てて言ったが、敏い結月はあかりの恐怖心を見抜いたようだった。すっとあかりの側に膝をつくと、手を取った。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
「絶対? すぐ?」
「絶対。すぐ」
結月が手を退けると、そこには青い紙包みがのせられていた。
「これって、金平糖?」
結月は軽く頷いた。
紙包みを開かずとも中身がわかったのは、小さなころから見慣れているままだったからだ。任務終わりやあかりが疲れているとき、決まって結月がくれるのは青い紙包みに入った金平糖だった。金平糖はあかりの大好物のひとつである。
「待ってて」
今度はあかりも引き止めることはせずに、結月が廊下の向こうに去っていくのを見送った。
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