25 / 390
第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 二
しおりを挟む
(あったかい)
右手に感じる体温はひどく心地よい。まどろみに未だ重たいまぶたをゆっくり持ち上げて、自身の右手に目をやった。
「結月……」
あかりの手を握り、座ったまま寝てしまったのだろう。結月の上半身はあかりが横になっている布団の上に伏せている。
(私が動いたら、結月も起きちゃうよね。せっかく気持ちよさそうに寝てるんだし、しばらくじっとしてよう)
あかりはなんとはなしに重ねられた結月の左手と静かな寝顔を見つめた。
(二年……。結月は十七歳になってるんだよね。大人になっちゃったなあ)
骨ばった大きな手はあかりの手をすっぽり包み込んでいる。顔立ちも中性的なのは変わらないが、より男性らしい骨格に近づいたようだった。
牢で再会したときには、抱きしめられる力の強さに心臓が跳ねた。あかりが破れなかった壁を一撃で破壊し、結界までの道を切り拓いた霊符の威力にもまた驚いた。
(でも、寝顔の幼さと優しいのは何にも変わらない。あのころのまま)
無防備な結月の顔を眺めて、あかりは小さく微笑んだ。
すると、結月はゆるゆると目を開けたかと思うと、ばっと身を起こした。ただし、手はそのままだった。
「あかり……! 起きたの、いつ」
「ついさっきだよ。おはよう、結月」
あかりが身を起こそうとすると、結月は背に手を添えてくれた。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「怠いけど、そんなに痛みは感じないよ」
「良かった……。七日間も目を覚まさないし、姿もずっと半妖のままだから、気が気でなくて……」
結月に指摘されて、あかりは自分が半妖姿であることを初めて意識した。二年間この姿のままだったからあまり気に留めることもなくなってしまったが、陽の国での常識では妖も半妖も人間の姿を取ることが習わしだ。あかりは狐の耳と尾を消そうとしたが、できなかった。どうやら人間姿に変化できるほど、力は回復していないようだ。
「力が戻ってないみたい」
「昴の術で生命維持してただけなんだから、当然。何か口にできそう?」
結月と会話しているうちに安心感がでてきたからか、僅かながらに空腹を感じた。
「うん。いっぱいは無理そうだけど、ちょっとなら」
結月はようやく微笑んだ。先ほどは寝顔と優しさは変わらないと思っていたが、こうしてみると笑顔も変わらないなと思った。幽かすぎてわかる人にしかわからない、しかし優しさに満ちた笑み。生きて帰ってきたのだと、改めて実感した。
結月はおもむろに立ち上がると、閉め切っていた障子を開ける。薄っすら明るかった室内に朝香る風が吹き込み、まだ橙色の陽光が射しこんだ。眩しさに目を細めながら縁側の向こうに広がる中庭を見ると、黒い玉砂利が敷き詰められた和風庭園だった。今更ながら、ここが昴の屋敷であることを知る。
「あかりが目覚めたって昴と秋に知らせてくる。あと、食べられるもの、持ってくるね」
結月が縁側から出て行こうとする後ろ姿を見て、あかりは突然不安に駆られた。
「い、行っちゃうの……?」
自分でも何を子供じみたことをと思わないでもないが、どうしようもなく一人になることが怖かった。とっさに口をついた言葉は微かに震えている。
「あかり?」
振り返った結月の顔は困惑気味だ。あかりは我にかえって「ううん。なんでもないよ」と慌てて言ったが、敏い結月はあかりの恐怖心を見抜いたようだった。すっとあかりの側に膝をつくと、手を取った。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
「絶対? すぐ?」
「絶対。すぐ」
結月が手を退けると、そこには青い紙包みがのせられていた。
「これって、金平糖?」
結月は軽く頷いた。
紙包みを開かずとも中身がわかったのは、小さなころから見慣れているままだったからだ。任務終わりやあかりが疲れているとき、決まって結月がくれるのは青い紙包みに入った金平糖だった。金平糖はあかりの大好物のひとつである。
「待ってて」
今度はあかりも引き止めることはせずに、結月が廊下の向こうに去っていくのを見送った。
右手に感じる体温はひどく心地よい。まどろみに未だ重たいまぶたをゆっくり持ち上げて、自身の右手に目をやった。
「結月……」
あかりの手を握り、座ったまま寝てしまったのだろう。結月の上半身はあかりが横になっている布団の上に伏せている。
(私が動いたら、結月も起きちゃうよね。せっかく気持ちよさそうに寝てるんだし、しばらくじっとしてよう)
あかりはなんとはなしに重ねられた結月の左手と静かな寝顔を見つめた。
(二年……。結月は十七歳になってるんだよね。大人になっちゃったなあ)
骨ばった大きな手はあかりの手をすっぽり包み込んでいる。顔立ちも中性的なのは変わらないが、より男性らしい骨格に近づいたようだった。
牢で再会したときには、抱きしめられる力の強さに心臓が跳ねた。あかりが破れなかった壁を一撃で破壊し、結界までの道を切り拓いた霊符の威力にもまた驚いた。
(でも、寝顔の幼さと優しいのは何にも変わらない。あのころのまま)
無防備な結月の顔を眺めて、あかりは小さく微笑んだ。
すると、結月はゆるゆると目を開けたかと思うと、ばっと身を起こした。ただし、手はそのままだった。
「あかり……! 起きたの、いつ」
「ついさっきだよ。おはよう、結月」
あかりが身を起こそうとすると、結月は背に手を添えてくれた。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「怠いけど、そんなに痛みは感じないよ」
「良かった……。七日間も目を覚まさないし、姿もずっと半妖のままだから、気が気でなくて……」
結月に指摘されて、あかりは自分が半妖姿であることを初めて意識した。二年間この姿のままだったからあまり気に留めることもなくなってしまったが、陽の国での常識では妖も半妖も人間の姿を取ることが習わしだ。あかりは狐の耳と尾を消そうとしたが、できなかった。どうやら人間姿に変化できるほど、力は回復していないようだ。
「力が戻ってないみたい」
「昴の術で生命維持してただけなんだから、当然。何か口にできそう?」
結月と会話しているうちに安心感がでてきたからか、僅かながらに空腹を感じた。
「うん。いっぱいは無理そうだけど、ちょっとなら」
結月はようやく微笑んだ。先ほどは寝顔と優しさは変わらないと思っていたが、こうしてみると笑顔も変わらないなと思った。幽かすぎてわかる人にしかわからない、しかし優しさに満ちた笑み。生きて帰ってきたのだと、改めて実感した。
結月はおもむろに立ち上がると、閉め切っていた障子を開ける。薄っすら明るかった室内に朝香る風が吹き込み、まだ橙色の陽光が射しこんだ。眩しさに目を細めながら縁側の向こうに広がる中庭を見ると、黒い玉砂利が敷き詰められた和風庭園だった。今更ながら、ここが昴の屋敷であることを知る。
「あかりが目覚めたって昴と秋に知らせてくる。あと、食べられるもの、持ってくるね」
結月が縁側から出て行こうとする後ろ姿を見て、あかりは突然不安に駆られた。
「い、行っちゃうの……?」
自分でも何を子供じみたことをと思わないでもないが、どうしようもなく一人になることが怖かった。とっさに口をついた言葉は微かに震えている。
「あかり?」
振り返った結月の顔は困惑気味だ。あかりは我にかえって「ううん。なんでもないよ」と慌てて言ったが、敏い結月はあかりの恐怖心を見抜いたようだった。すっとあかりの側に膝をつくと、手を取った。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
「絶対? すぐ?」
「絶対。すぐ」
結月が手を退けると、そこには青い紙包みがのせられていた。
「これって、金平糖?」
結月は軽く頷いた。
紙包みを開かずとも中身がわかったのは、小さなころから見慣れているままだったからだ。任務終わりやあかりが疲れているとき、決まって結月がくれるのは青い紙包みに入った金平糖だった。金平糖はあかりの大好物のひとつである。
「待ってて」
今度はあかりも引き止めることはせずに、結月が廊下の向こうに去っていくのを見送った。
0
あなたにおすすめの小説
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる