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第三話 欠落の二年間
第三話 一
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第三話 欠落の二年間
真っ白な百合の花束を南朱湖に供えて、そっと目を閉じ手を合わせる。朱咲の地に住んでいた二人を除く皆の冥福を心から祈り、同時にあかりの無事を願った。懐にしまったあかりの力を吸収した式神の符は、今もほのかに温かい。
(あかりは、生きてる)
結月が踵をかえすと、いつからいたのか秋之介と昴が背後に佇んでいた。
「よう」
「先に来てたんだね」
二人は白百合の花束を見てから、眼前いっぱいに広がる南朱湖に視線を滑らせた。
「大分水は引いたね」
水位はもとの状態に近づいており、茶色く濁っていた色も今は目を凝らせば水底が見えるくらいには透明さを取り戻している。亡骸の葬送は先日終えたばかりだった。その中にはあかりとあかりの父の姿だけがなく、あとの朱咲本家、分家、家臣、民は皆亡くなったことも確認された。
「……どこにいるの、あかり……」
結月が胸元をおさえて、呟く。秋之介と昴はそれには何も答えず、沈痛な面持ちで俯くだけだった。
おそらく陰の国に連れ去られただろうことだけはわかるが、半月経った今も足取りは追えずにいる。一か月半前に全開となった陽の国と陰の国を隔てる結界は、こんなときに限ってかたく閉ざされ、焦る気持ちそのままに御上に奏上しようにも取り次いですらもらえなかった。四家当主である結月たちの父親は、親としては結月たちの希望に沿いたいようだったが、当主としてそれは容易に認められないとはっきりとした拒否を示してきた。
いくら四家最強と謳われる彼らであっても、たった三人、なおかつあかりが欠けた状態では為す術がないのが現実だった。
「なんで、こんなに力が足りないんだろう……」
周囲になんと称賛されようとも、あかりを、大切な女の子を護れないならば意味がない。結月が拳を握りしめると、秋之介がぽんと肩を叩いた。
「言ってても始まらないだろ。今できることをするしかねえ。だろ?」
「……そう、だね」
秋之介は満足そうに笑うと、結月の肩を組んで歩き出した。黙禱を捧げ終えた昴も後をついてくる。
「今日は艮の結界を見に行くんだっけか?」
秋之介の確認の問いに、昴が大きく頷く。
「うん、見るだけって条件付きでね。あそこの結界周辺は特に瘴気が濃いから、気を付けるようにって」
結界関連は玄舞家の担当である。昴が当主に直談判して、ようやく立ち入りの許可を得た。
「艮の結界って最初に破られたとこだよな。やっぱ鬼門だからか」
「だろうね。あそこの結界維持が一番手がかかるし」
大路小路を歩みながらあれこれ話していたが、突然結月が足を止めて、首を傾げた。
「どうした、ゆづ」
結月は無言で懐から清め包みを取り出した。中には例の式神の符を入れてある。包みを解いて、符に左手をかざすと、結月ははっと息をのんだ。
「気配が変わった……!」
秋之介と昴も大きく目を見開く。
「どういうこと?」
「あかりになんかあったってことか?」
結月は「詳しくはわからないけど……」と呟き、符を凝視した。
「気が強くなった。……もしかしたら目が覚めたとか、力が少し戻ったとか。いずれにせよ吉兆。……よかった……」
安堵の息を吐きだす結月の顔は今にも泣きだしそうなものだった。表情こそ異なるものの、昴と秋之介もほっとした様子であることには変わりない。
「早く迎えに行ってあげないとね」
「だな。どんだけ放っておくんだーって拗ねられたらかなわねえし」
あえて明るく装うが、陰の国の式神の扱いについては結月たちもよく知っている。今は無事であっても、明日の命の保証があるとは限らないのだ。どんな仕打ちを受けるかわからない。どんな環境に置かれるかわからない。気が強くなったとはいえ、一刻も早くあかりを救い出さなければいけないことに変わりはない。
「うん、あかりはひとりきり、嫌い。早く連れて帰らないと」
結月は丁寧に符を包みなおし、優しく懐に戻した。
真っ白な百合の花束を南朱湖に供えて、そっと目を閉じ手を合わせる。朱咲の地に住んでいた二人を除く皆の冥福を心から祈り、同時にあかりの無事を願った。懐にしまったあかりの力を吸収した式神の符は、今もほのかに温かい。
(あかりは、生きてる)
結月が踵をかえすと、いつからいたのか秋之介と昴が背後に佇んでいた。
「よう」
「先に来てたんだね」
二人は白百合の花束を見てから、眼前いっぱいに広がる南朱湖に視線を滑らせた。
「大分水は引いたね」
水位はもとの状態に近づいており、茶色く濁っていた色も今は目を凝らせば水底が見えるくらいには透明さを取り戻している。亡骸の葬送は先日終えたばかりだった。その中にはあかりとあかりの父の姿だけがなく、あとの朱咲本家、分家、家臣、民は皆亡くなったことも確認された。
「……どこにいるの、あかり……」
結月が胸元をおさえて、呟く。秋之介と昴はそれには何も答えず、沈痛な面持ちで俯くだけだった。
おそらく陰の国に連れ去られただろうことだけはわかるが、半月経った今も足取りは追えずにいる。一か月半前に全開となった陽の国と陰の国を隔てる結界は、こんなときに限ってかたく閉ざされ、焦る気持ちそのままに御上に奏上しようにも取り次いですらもらえなかった。四家当主である結月たちの父親は、親としては結月たちの希望に沿いたいようだったが、当主としてそれは容易に認められないとはっきりとした拒否を示してきた。
いくら四家最強と謳われる彼らであっても、たった三人、なおかつあかりが欠けた状態では為す術がないのが現実だった。
「なんで、こんなに力が足りないんだろう……」
周囲になんと称賛されようとも、あかりを、大切な女の子を護れないならば意味がない。結月が拳を握りしめると、秋之介がぽんと肩を叩いた。
「言ってても始まらないだろ。今できることをするしかねえ。だろ?」
「……そう、だね」
秋之介は満足そうに笑うと、結月の肩を組んで歩き出した。黙禱を捧げ終えた昴も後をついてくる。
「今日は艮の結界を見に行くんだっけか?」
秋之介の確認の問いに、昴が大きく頷く。
「うん、見るだけって条件付きでね。あそこの結界周辺は特に瘴気が濃いから、気を付けるようにって」
結界関連は玄舞家の担当である。昴が当主に直談判して、ようやく立ち入りの許可を得た。
「艮の結界って最初に破られたとこだよな。やっぱ鬼門だからか」
「だろうね。あそこの結界維持が一番手がかかるし」
大路小路を歩みながらあれこれ話していたが、突然結月が足を止めて、首を傾げた。
「どうした、ゆづ」
結月は無言で懐から清め包みを取り出した。中には例の式神の符を入れてある。包みを解いて、符に左手をかざすと、結月ははっと息をのんだ。
「気配が変わった……!」
秋之介と昴も大きく目を見開く。
「どういうこと?」
「あかりになんかあったってことか?」
結月は「詳しくはわからないけど……」と呟き、符を凝視した。
「気が強くなった。……もしかしたら目が覚めたとか、力が少し戻ったとか。いずれにせよ吉兆。……よかった……」
安堵の息を吐きだす結月の顔は今にも泣きだしそうなものだった。表情こそ異なるものの、昴と秋之介もほっとした様子であることには変わりない。
「早く迎えに行ってあげないとね」
「だな。どんだけ放っておくんだーって拗ねられたらかなわねえし」
あえて明るく装うが、陰の国の式神の扱いについては結月たちもよく知っている。今は無事であっても、明日の命の保証があるとは限らないのだ。どんな仕打ちを受けるかわからない。どんな環境に置かれるかわからない。気が強くなったとはいえ、一刻も早くあかりを救い出さなければいけないことに変わりはない。
「うん、あかりはひとりきり、嫌い。早く連れて帰らないと」
結月は丁寧に符を包みなおし、優しく懐に戻した。
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