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第一話 崩壊の雨音
第一話 八
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「これ、あかりのお守り……⁉」
赤地に金糸、銀糸の鳳凰の刺繍が施されたお守りは、あかりが両親に作ってもらったといって初任務のときから大事にしていたものだった。
一度失くしたことがあったが、そのときはあかりたちのなかでちょっとした事件にもなった。以来あかりは、絶対になくさないと誓っていた。それくらい彼女にとって大事なもののはずだ。
それが持ち主なくして、水中に沈んでいた。
嫌な予感がする。そして、その予感を裏付けるように二枚の符が流れてきた。
「これって、ゆづのじゃないよな」
結月はそれらをつかみ取ると、破れないようそっと開いた。
「なんて書いてあるの?」
符には明るくない昴が、結月の手元を覗き込む。その手元は小刻みに震えていた。
「……まず、こっち」
そう言って結月が指し示したのはしわしわで今にも破れそうな小さい和紙だ。ほとんどの字は水ににじんでいるが、かろうじて『水神』だけが読み取れた。
「水神の霊威を借りようとしたみたい」
昴はその一言でぴんときたようだった。
「やっぱり、南朱湖と東青川の氾濫は雨のせいだけじゃなかったんだね」
「ともすれば、この雨自体も陰の国が引き起こした現象かもしれない」
それだけいうと、結月はもう一枚の符を示した。こちらは水に濡れてまだそんなに経っていないのか、容易に字が読み取れる。
「『天狐』なんとかって書いてあるな」
秋之介が読み上げるのへ、結月は頷いた。
「この符はまだ完成してない……というか、失敗した残骸。……こんなふうに捨て置くなんて、普通はありえないけど」
「失敗? 式神使いの集団が珍しいこともあるんだな」
「……これ……」
消え入りそうな声で、結月が呟く。雨の音にかき消されてよく聞き取れなかった秋之介が「うん?」と聞き返した。
結月はいっこうに顔を上げないまま、ただただ左手に持つ符を見つめた。
「これ、あかりを使役しようとして、失敗したみたい……」
秋之介と昴がそろって目を見開く。最初に声を上げたのは秋之介の方だった。
「使役って。あいつは天狐と朱咲の血を引く人間の半妖だ。そんなことできるのか?」
昴は沈黙して、何かを考えているようだった。やがて考え考え推察を述べる。
「……だから結果的に失敗したんじゃないかな。相手もあかりちゃんを使役できるか賭けだった、とか」
昴の意見を結月は肯定した。
「そう。天狐の力は下せたみたいだけど、最後は抵抗されたみたい。……だけど……」
「ここにあかりちゃんがいない」
昴が結月の言葉を引き継いだ。
「……連れ去られたね」
昴の言葉を最後に、三人は黙りこくった。雨の音がいやに耳につく。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。結月がおもむろに呟いた。
「……必ず、救い出すから。だから待ってて、あかり……」
まだあかりの温度を感じられる符の表面を優しく撫でる。
聞こえるはずのない結月の声が届いたかのように、秋之介は決意を胸に刻むように眼前の景色を食い入るようにじっと見つめ、昴は手中のお守りを決してなくさないように固く握りしめた。
赤地に金糸、銀糸の鳳凰の刺繍が施されたお守りは、あかりが両親に作ってもらったといって初任務のときから大事にしていたものだった。
一度失くしたことがあったが、そのときはあかりたちのなかでちょっとした事件にもなった。以来あかりは、絶対になくさないと誓っていた。それくらい彼女にとって大事なもののはずだ。
それが持ち主なくして、水中に沈んでいた。
嫌な予感がする。そして、その予感を裏付けるように二枚の符が流れてきた。
「これって、ゆづのじゃないよな」
結月はそれらをつかみ取ると、破れないようそっと開いた。
「なんて書いてあるの?」
符には明るくない昴が、結月の手元を覗き込む。その手元は小刻みに震えていた。
「……まず、こっち」
そう言って結月が指し示したのはしわしわで今にも破れそうな小さい和紙だ。ほとんどの字は水ににじんでいるが、かろうじて『水神』だけが読み取れた。
「水神の霊威を借りようとしたみたい」
昴はその一言でぴんときたようだった。
「やっぱり、南朱湖と東青川の氾濫は雨のせいだけじゃなかったんだね」
「ともすれば、この雨自体も陰の国が引き起こした現象かもしれない」
それだけいうと、結月はもう一枚の符を示した。こちらは水に濡れてまだそんなに経っていないのか、容易に字が読み取れる。
「『天狐』なんとかって書いてあるな」
秋之介が読み上げるのへ、結月は頷いた。
「この符はまだ完成してない……というか、失敗した残骸。……こんなふうに捨て置くなんて、普通はありえないけど」
「失敗? 式神使いの集団が珍しいこともあるんだな」
「……これ……」
消え入りそうな声で、結月が呟く。雨の音にかき消されてよく聞き取れなかった秋之介が「うん?」と聞き返した。
結月はいっこうに顔を上げないまま、ただただ左手に持つ符を見つめた。
「これ、あかりを使役しようとして、失敗したみたい……」
秋之介と昴がそろって目を見開く。最初に声を上げたのは秋之介の方だった。
「使役って。あいつは天狐と朱咲の血を引く人間の半妖だ。そんなことできるのか?」
昴は沈黙して、何かを考えているようだった。やがて考え考え推察を述べる。
「……だから結果的に失敗したんじゃないかな。相手もあかりちゃんを使役できるか賭けだった、とか」
昴の意見を結月は肯定した。
「そう。天狐の力は下せたみたいだけど、最後は抵抗されたみたい。……だけど……」
「ここにあかりちゃんがいない」
昴が結月の言葉を引き継いだ。
「……連れ去られたね」
昴の言葉を最後に、三人は黙りこくった。雨の音がいやに耳につく。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。結月がおもむろに呟いた。
「……必ず、救い出すから。だから待ってて、あかり……」
まだあかりの温度を感じられる符の表面を優しく撫でる。
聞こえるはずのない結月の声が届いたかのように、秋之介は決意を胸に刻むように眼前の景色を食い入るようにじっと見つめ、昴は手中のお守りを決してなくさないように固く握りしめた。
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