4 / 388
第一話 崩壊の雨音
第一話 三
しおりを挟む
はっと顔を上げると、黒髪の少年と目があった。
本来はふわふわとしたくせ毛をそのままに、左肩にかかる髪だけ伸ばし三つ編みに編んでいる。しかし、この雨のせいで少年の髪はぺたりと濡れそぼっていた。そのせいか、いつもにこにこと温和な彼を遠く感じてしまう。黒い瞳を無情にも冷たいと思ってしまったのは、気のせいだと思いたかった。
外見こそあかりと同じくらいだが、彼は四人の幼なじみのなかでも最年長だ。加えて玄舞家きっての腕の持ち主といわれ、医療にも多く携わっている。救える者から優先して治療を施すというのは、彼にとって至極当然の考えで、あかりも冷静に考えられたなら概ね同意できただろう。しかし、このときばかりはそうもいかなかった。
「なんで⁉ 昴の力があれば助けられるでしょ?」
「呪詛を解呪するにしても返すにしても見合わないからだよ。……竹彦さんよりよっぽど救える命はあるんだ」
真っ黒な瞳を竹彦に向け、昴は「……わかってください」と呟いた。謝らないのは、昴の矜持でもあり誠意でもあったからだろう。竹彦にもそれは伝わったようで穏やかに微笑んだ。
「さあ、姫様、行ってください。わたしは最期にあかり様にお目にかかれて幸せでした」
「最期なんかじゃ……!」
「あかりちゃん」
滅多に耳にしない昴の厳しい声音に、あかりは動きを止めた。昴はあかりの耳元に口を寄せると、ともすれば雨音にのまれてしまいそうなほど小さな声で囁く。
「竹彦さんの思いを無駄にしちゃだめだ。君に苦しみ死ぬ様を見せたくない彼の気持ちをくんであげて」
あかりはもう一度、竹彦を見ると、うなだれて立ち上がった。
昴は袂から薬包紙を取り出して、竹に手渡した。
「僕にできるのはこれだけです。……苦しむことなく逝けるでしょう」
「ご温情感謝いたします、昴様。あかり様を、どうかよろしくお願いいたします」
昴はしっかり頷くと立ち上がり、あかりの手を引いた。あかりは振り向きざま、最後にもう一度だけ竹彦を見た。
「……竹さん。大好きだよ。……いままで、ありがとう」
小さな小さな呟きは雨に紛れて届かなかったかもしれない。しかし、竹彦は慈愛に満ちた眼差しで、あかりを目に焼き付けるようにじっと見つめていた。
仲間の倒れる玄舞大路を悲痛な思いで駆け抜け、中央御殿の真下までやって来た。そこでは今まさに激しい戦いが繰り広げられていた。
あかりたちの姿を目に留めるなり、四方八方から式神が襲い掛かってくる。
一瞬で白虎に変化した秋之介が前足を振るって鋭い爪で式神を切り裂いた。それとほぼ同時に、昴が結界を張るべく九字を唱え、禹歩を踏む。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
結界が展開され、あかりたちを避けるように、雨が遮られた。さながら立方体の箱に閉じ込められたといったところか。
「なんかさっきより増えてねえ?」
虎姿のままでも、秋之介がうんざりしているのがわかった。
「でも、あかりちゃんとゆづくんが戻ってきてくれたし。ここは二人の力に期待するしかないよね」
軽い口調とは裏腹に、昴の顔は強張っている。
結月も緊張した面持ちで霊符を構えた。
「……いつもの作戦?」
「それがいいだろうね。あかりちゃんの術が一番効率いいし」
「うーっし。そんじゃ、やりますか」
本来はふわふわとしたくせ毛をそのままに、左肩にかかる髪だけ伸ばし三つ編みに編んでいる。しかし、この雨のせいで少年の髪はぺたりと濡れそぼっていた。そのせいか、いつもにこにこと温和な彼を遠く感じてしまう。黒い瞳を無情にも冷たいと思ってしまったのは、気のせいだと思いたかった。
外見こそあかりと同じくらいだが、彼は四人の幼なじみのなかでも最年長だ。加えて玄舞家きっての腕の持ち主といわれ、医療にも多く携わっている。救える者から優先して治療を施すというのは、彼にとって至極当然の考えで、あかりも冷静に考えられたなら概ね同意できただろう。しかし、このときばかりはそうもいかなかった。
「なんで⁉ 昴の力があれば助けられるでしょ?」
「呪詛を解呪するにしても返すにしても見合わないからだよ。……竹彦さんよりよっぽど救える命はあるんだ」
真っ黒な瞳を竹彦に向け、昴は「……わかってください」と呟いた。謝らないのは、昴の矜持でもあり誠意でもあったからだろう。竹彦にもそれは伝わったようで穏やかに微笑んだ。
「さあ、姫様、行ってください。わたしは最期にあかり様にお目にかかれて幸せでした」
「最期なんかじゃ……!」
「あかりちゃん」
滅多に耳にしない昴の厳しい声音に、あかりは動きを止めた。昴はあかりの耳元に口を寄せると、ともすれば雨音にのまれてしまいそうなほど小さな声で囁く。
「竹彦さんの思いを無駄にしちゃだめだ。君に苦しみ死ぬ様を見せたくない彼の気持ちをくんであげて」
あかりはもう一度、竹彦を見ると、うなだれて立ち上がった。
昴は袂から薬包紙を取り出して、竹に手渡した。
「僕にできるのはこれだけです。……苦しむことなく逝けるでしょう」
「ご温情感謝いたします、昴様。あかり様を、どうかよろしくお願いいたします」
昴はしっかり頷くと立ち上がり、あかりの手を引いた。あかりは振り向きざま、最後にもう一度だけ竹彦を見た。
「……竹さん。大好きだよ。……いままで、ありがとう」
小さな小さな呟きは雨に紛れて届かなかったかもしれない。しかし、竹彦は慈愛に満ちた眼差しで、あかりを目に焼き付けるようにじっと見つめていた。
仲間の倒れる玄舞大路を悲痛な思いで駆け抜け、中央御殿の真下までやって来た。そこでは今まさに激しい戦いが繰り広げられていた。
あかりたちの姿を目に留めるなり、四方八方から式神が襲い掛かってくる。
一瞬で白虎に変化した秋之介が前足を振るって鋭い爪で式神を切り裂いた。それとほぼ同時に、昴が結界を張るべく九字を唱え、禹歩を踏む。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
結界が展開され、あかりたちを避けるように、雨が遮られた。さながら立方体の箱に閉じ込められたといったところか。
「なんかさっきより増えてねえ?」
虎姿のままでも、秋之介がうんざりしているのがわかった。
「でも、あかりちゃんとゆづくんが戻ってきてくれたし。ここは二人の力に期待するしかないよね」
軽い口調とは裏腹に、昴の顔は強張っている。
結月も緊張した面持ちで霊符を構えた。
「……いつもの作戦?」
「それがいいだろうね。あかりちゃんの術が一番効率いいし」
「うーっし。そんじゃ、やりますか」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる