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第三話 束の間の平穏

第三話 一三

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「こーんにーちはー!」
 間の抜けた元気な挨拶が割り込んできた。
 美桜は跳び上がって驚いた。つい先ほどまでとは別の意味で動悸がする。一方の紫苑はうんざりとした表情を浮かべて、声のした玄関の方へと顔を向けた。
 玄関から庭の方へと回り込み、ひょっこりと顔を出したのは楓だった。
「紫苑ー、怪我の調子はどう? あ、美桜ちゃん、久しぶり~」
「……」
「え、そんな怖い顔するってことは傷が相当痛むとか⁉ 大丈夫⁉」
「楓のせいで大丈夫じゃない」
「ど、どういうこと?」
 楓は困惑しきりで、縋るように美桜を見遣る。しかし気まずくなった美桜はさっと視線を逸らしてしまった。
「え、え?」
「楓、邪魔だからさっさと用件を済ませてくれない?」
 いつも以上に棘のある物言いで紫苑が楓を促す。楓は腑に落ちないという顔をしていたが「ああ、うん……?」と言いながら、持っていた風呂敷包みを紫苑に差し出した。
「昨夜連絡を受けて用意したけど、これでいい?」
 紫苑は中身を検めると、こくりと頷いた。
「仕事が早くて助かる。ありがとう」
「もー、夜勤中に連絡入ったときはびっくりしたよ。怪我するほどの無茶なんて、紫苑はやらないと思ってたのにさ」
 楓はすっと美桜に視線を移した。目が合った美桜は小さく肩を跳ねさせる。美桜の知る楓は陽気で朗らかな印象だが、このときだけは真剣な眼差しをしていたからだ。
「楓、余計なこと言わなくていいから」
「あーあ。怒られちゃった」
 紫苑に釘を刺された楓は肩を竦めておどけたように笑った。
(なんで私を見たのかしら?)
 美桜が深く考える前に、楓はいつもの親しげな笑みを浮かべて美桜に話しかけた。
「そういえば、美桜ちゃんは風邪をひいて寝込んでたとか。もう大丈夫なの?」
「あ、はい。お気遣いいただきありがとうございます」
 そこでふと、美桜は思い出したことがあった。
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