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第三話 束の間の平穏

第三話 三

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 紫苑が休みの日にわざわざ楓がやってくるくらいだから、何か大事な報せがあることはわかりきっていた。楓の相手は面倒だが、それでも紫苑が対応するのはその報せが美桜に関わることだと予想していたからだ。
 実際、美桜と楓が初対面した日。楓は去り際に美桜にはわからないように紫苑の袂に小さな紙を差し入れた。そこには美桜の主であった戸塚が美桜を探し出したということと詳細は陰陽省支部、つまりは紫苑の勤務先で話すという旨が記されていた。その日の夕方に家を抜け出して勤務先へ向かうと仕事着である黒の上衣と袴を身にまとった楓が待っていた。
「で、詳細は?」
「開口一番それ~? って茶化さない! もう茶化さないから、睨むのやめてってば!」
 楓は場を仕切り直すように一度咳払いすると、すっと真面目な顔をして詳細を語った。
「紫苑が五年間追ってきた情報と今回の『夜桜』の失踪からして、十中八九『夜桜』は美桜ちゃんであるとみて間違いないと思う」
 世渡りのうまい楓は顔が広く、様々な情報網を持っている。そこから得られた情報を紫苑に流してくれるのはこの五年間ですっかり当たり前のことになっていた。結局のところ、紫苑は楓のことを信頼しているのだ。
「……あの夜、美桜を見捨てたくせに、今になって騒ぎ出すなんて勝手が過ぎる」
 紫苑は冷ややかな声で言い捨てる。
 陰陽省は一枚岩ではない。式神反対派の東と式神賛成派の西で派閥が分かれているのだ。紫苑や楓が所属しているのは東であり、戸塚が所属しているのは西である。夜桜が失踪扱いになっているのは東の陰陽省の独断で美桜を保護したからであり、西の陰陽省には共有されていない情報だった。
「本当にね。妖にだって尊厳はあるのにさ」
「……戸塚はなんて主張してる?」
「『夜桜は失踪したんじゃない。その価値に目をつけた者が連れ去ったんだ』とかなんとか。呪詛をくらった式神を手元に置きたくないから見捨てたんだろうに、生きてるとわかった途端手のひらを返したみたいだね」
 紫苑は顔をしかめると、低い声でぼそりと独り言ちた。
「……美桜の呪詛を解呪するんじゃなくて、戸塚に返るよう仕向ければ良かったか……」
「紫苑が言うと冗談に聞こえないよ……」
 楓は引きつった笑みを浮かべるが、紫苑は殺気を抑えることなく楓を睨みつけた。
「冗談をこの場で言うと思ってるの?」
「え」
「……まあ、いい」
 紫苑は深く息を吐くことで自身を落ち着けた。今は自分の感情を無視して、冷静に現状を把握しなければ。
「今後は戸塚の動向に特に注意する。家の結界を強化しておく」
「あと美桜ちゃんにお守りでも持たせてあげるといいよ。何かのときに役に立つかもしれないからね」
「わかった」
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