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第3章 淫武御前トーナメントの章

72話 終焉

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 72話 終焉

「ハ、ァアツ! こ、こりゃいいっ! や、やられちまえっ! てめぇら全員やられちまえヤァツ!!!」

 ナツキのクナイが、葉月の身体に鮮血をしぶかせたところで、龍司がまるで息を吹き返したようにはしゃぎ叫んだ。
 
「りゅ、龍司! お前の仕業か!?」

 葉月の背後に隠れながら、威勢が良いのか悪いのか分からぬ様子で樽男が叫んだ。
 が、グヂャリッ! グヂャリッ! と跨がったままの少女から両手で振り上げたクナイを、巨大ハンマーの如き勢いで振り下ろされ、めった刺しにされている様子に、樽男は押し黙った。

 この状況が龍司の思惑でない事は明らかだった。
 誰の仕業か何て小さなことよりも、矛先が自身に向くのではないかと恐怖し、樽男は言葉を失ったのだ。

「ぶボッ!? ぶハアッ!? お、俺も終わりだブアッ!?、お、おまえらボッ!? 終わりダァアア!!」
 
「これもっ……翔子の描いたシナリオ通りですの!? 樽男っ!」

「き、聞いていない……。葉月さん、どうにかならんのかね!?」

「さっきナツキに斬られた箇所の回復に手一杯ですわっ……、次は致命傷を避けられない。実の娘に殺されてしまうなんて……。いえ、殺されても当然な親でしたわね」

 自責の念に苛まれている葉月には頼れない。
 このままでは殺されてしまう。
 そう思って樽男は単独行動に移る。

「ナ、……ナツキさん、わたしが……分かるかね?」

 魅了の術が未だ健在なのかどうかを確認したかったのだ。

「うん。樽男」

「ほっ……」

 よかった……。猟奇的に恋に落ちた目をしている。
 これならどんな願いでも聞いてくれるだろう。

「ナツキさん、その危ないものをしまってくれんかね?」

「いやだ。この人も殺した方がいい」

 言いながら、立ち上がったナツキがクナイの先を葉月に向けて、寄ってきたのだ。当然葉月の後ろに隠れる樽男も恐怖させられる。
 
「ぶ、物騒だよ……なんで実の母親をそんな……」

「やったんでしょ? 言ってたよね? 母親譲りの名器か? って怒鳴りつけてきたよね? やったってことだよね?」

 ――母親譲りの名器か……? 
 ナツキさんはなにを言っているんだ……。
 まさか初めてナツキさんを犯したときのことか……!?
 あんな大昔のことを……。
 くぅ……ナツキさんともあろうお方が嫉妬なんぞに狂いおって……。

「ナツキさん落ち着きなさい。葉月さんだと思って犯していたのは布団だった。そうだろう? わたしは幻術に落ちて、布団に向かって腰を振っていたんだ。布団とセックスしていたんだよ。ほら葉月さん、貴女の口からも娘を説得ッ――!?」

 ズドンッ! 龍司をめった刺しにしていたクナイが、樽男の頬を掠めて道場の壁に突き刺さった。
 それだけでまたもや樽男は言葉を封じ込められた。
 影縫いではない、ひたすらな恐怖だった。

 ナツキは不死と言われた服部翔子を殺した少女なのだ。
 肉分裂など、今のナツキからすれば児戯にも等しい能力。

 ……殺される。樽男は震え上がった。
 
「口裏合わせはさせない」

「ヒッ!?」
 
 ぬるーっ、と音もなく寄ってくるナツキに、樽男は葉月を盾にしたまま身を屈めた。
 のろり……、のろり……、とナツキが寄ってくる。
 その歩調に合わせて、樽男の身体のサイズがコンパクトになっていく。

 殺される!? 
 ナツキの影に身体を覆われたところでの事だった。
 ドガンッ!! ――ゴロゴロゴロゴロ……ッ!
 ナツキの首筋目掛けて、ハイキックが放たれ、ナツキの小さな体躯が道場の床の上を転げていったのだ。

「エリナッ!」

「はぁ……はぁ…………はぁ、間一髪っ、だったね……」

 龍司が息絶えたことによって堕落の呪縛から解放されたエリナが、ナツキに忍び寄るなり、背後から不意打ちをかましたのだ。

「エリナっ、助かりましたわっ……」

「感謝するのは……後回しっ……」
 
「痛い。エリナ。エリナまで邪魔するの? 戦いたいの? エリナは戦うの好きだもんね」

 致命傷とならずとも、丸一日寝こんで良いくらい見事に頸動脈を捉えたにもかかわらず、ナツキは平然と立ち上がっている。
 
「戦うの好きってさぁ、バカじゃないの。それは少しでも勝ち目があるならの話。あんたみたいなバケモノとは戦えないっての……っ、うっ……」
 
 余裕綽々に立ち上がったナツキに対して、エリナは膝を付いた。
 腹部に斬撃を受けてしまったのだ。
 奇襲の上段回し蹴りをクリーンヒットさせたものの、クナイによるカウンターを受け、深手を負わされてしまったのだ。

 龍司が死んで呪縛が解けたものの、エリナの身体は自身が思っている以上に疲労困憊していた。
 万全でも少し寿命が延びた程度だろうけど……。
 ……万事、休す。
 ナツキがトドメを刺しにきたところで、エリナは覚悟を決めた。

「は、話はまだ、お、終わってないんだよ実はね、お話ししようナツキさん!」

 再度樽男が叫んだのだ。
 ナツキを戦闘不能に追い込むことが、樽男が無事に生還する道筋だった。
 嫉妬、それも勘違いによる嫉妬で、ナツキは母親をためいなしに殺そうとした。
 痴情のもつれなど、いつどこでその矛先が男に向いたっておかしくはない。
 想像に難しくない未来に、樽男はまだ戦えそうなエリナに助け船を出したのだ。

「何を話したいの?」

「お茶でも飲みながらゆっくりとね……」

「どこにお茶があるの?」
 
 ナツキが怒気を交えた瞬間。

 ヴァヴァフアッ、ヴァババババッ!! 

「なっ!?」
 
 白鳥の群れが飛び立つような羽音を鳴らして、エリナと葉月が、翔子を担いでこの場から姿を消したのだ。
 樽男1人を置き去りにして。

「あ、アイツラッ!? う、裏切られたっ!?」
 
「裏切られた? そういえば樽男も私のことを裏切ったよね」

「なんの……、はなしかな……?」

 矛先がこっちに向いている気が……。
 
「大会に参加するって話に乗ったのに、罠だったよね? 私達のこと裏切ったよね」

「なっ!? そ、そんなこと!? なんで突然そんなことをっ!? なんでさっきからそんな話しばかりを!?」

「それだけで分かるんだよ。また裏切るって」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 
 *****

 樽男がナツキの怒りを買っている隙に、葉月とエリナは翔子を抱えて風魔の屋敷、その裏山へと逃げ延びていた。
 
「凄い傷ですわっ、よく翔子を抱えて走れましたわね」

「はぁっ、はぁ……血が止まらないっ……」

「今止血しますわ。痛みも肩代わりします」

「触らないで! ……あたしはいいからっ、服部を回復させてっ……」

 助かるかどうか分からないものの、エリナは翔子を背中に乗せて道場から脱出した。
 その翔子が「うぅ……、うぅ……」と両目を失いながらも、虫ほどにも満たない呻きを漏らしだしたのだ。

「……無理ですわ。息を吹き返したことには驚きですが、痛みを肩代わりしても戦えません」

「いいから早くッ!!」
 
「拒否します! 回復しても戦える保証が無い! 翔子を見捨てるのが最善手ですわ! 早く止血させなさい! あなたまで死にますわよ!!」

 腹部をさばかれて、紫がかった色をしていたエリナの顔色は、土色にくすみ始めていた。
 臓器は無事ではあったものの、いつ昏倒してもおかしくないほどの出血量。
 それでもエリナは葉月の指示に背いた。 

「このままいけばどちみち全滅っ……、あんなバケモノと誰が戦えんのさっ……、それならダメ元でも服部翔子を蘇らせてっ!」

「何を言って……」

「母親のくせになんも分かんないの!? だから娘に殺されかけんでしょ! さっさと服部翔子を蘇らせろ! それが最善手でしょ!」

「みーつけた」

 ネットに入れたサッカーボールを振り回す少年のように、ナツキが樽男の髪の毛を掴んで、生首を振り回しながら現れたのである。
 
「ぐっ……、いいっ、あたしが時間を稼ぐから、服部を……お願い」

 血の流れ過ぎで、エリナは立っているのもやっとなくらいに平衡感覚がなかった。
 爪先から踵まで使って、しっかり土を踏みしめないと前に進むことすらできない。
 それでもナツキに闘志を向けた。

「ナツキ!! 力を取り戻したあたしと戦いたかったんでしょ!? 相手してあげるっ――ア゛ァアッ!?」

 挑発している最中で、身体が宙を舞っていた。
 凄く長い時間宙を彷徨っている気がして、――ドスン、と背中から落ちた。
 突然背後に現れたナツキから、首筋目掛けてハイキックを見舞われたのだ。

「ぐぅ…………が、かハッ…………うぅ……ぐぅ……」

「さっきのお返し。結構痛かったからね」

「ぐぅ…………くぅ……か、か、ァハッ……」

 どこに逃げても影遁の術で追い掛けてきて、快感感じるほどの打撃を与えてくる。
 これほど厄介な敵……いる……?

「エリナ。3年間仲良くしてくれたお礼に、死に方くらいは選ばせてあげる。痛いのと気持ちがいいの、どっちがいい?」

 は……、ははぁ……。仲良くしてくれた……って……。
 どれだけ酷いことしたかまで、忘れたの……。
 友達の振りして、取り入ってたことまで、忘れたの?

「ナツキっ……、あんたの天然ボケをねぇ、あたしが治療してあげブハァッ!?」

 どうにか立ち上がろうと四つになったところで、傷口目掛けてサッカーボールキックされ、エリナの腰が浮き上がり吐瀉物のような血の塊を嘔吐した。

「オグゥ……ぅ、う゛……うぁああっ」

 蹴り飛ばしたままの爪先で、グリッ……、……グリッ、と傷口を抉ってくる。
 金田樽男の生首持ってきた時点で容赦なくやられるとは思ったけど、ほんと容赦ないっ……。
 生首にされて、樽男の生首と一緒に並べられそう。

 はははっ……。死を前にした人間が、その苦痛から解放されるが為の快楽が訪れたように、死んだ後の己の姿を想像しただけでエリナは笑ってしまった。

 目の前がかすんで、白くぼやけて、さらに強い光に包まれるなか、浮かび上がってくる妄想の数々に笑いがこみ上がる。
 全てを飲み込む、まるで全てを無かったものへと変えるような強烈な光。
 生命の終幕を告げるような閃光に、エリナは包み込まれていた。

 …………天国……これが……死……ん…………だ……。

「――ッ!? ……眩しいっ」

 しかし、その光はエリナだけの視界を埋め尽くした光ではなかった。
 ナツキの身体をも呑み込んだのだ。
 感情を失い、殺人兵器と化したナツキも堪らず目を瞑り、光の発生源を見やる。

「ッ!?」

 太陽の光を集約させて跳ね返したような光が、葉月の手の平から放たれていたのだ。

「なにっ……、この光っ………………えっ!?」
 
 光が弱まり、そして止む。

「どう……して……」
 
 光が消えると、一番会いたくて、もう会えなくなってしまった人の姿がそこに浮かび上がった。
 それもナツキ自身の手で、会うことを閉ざしてしまった、生まれて初めて恋した人の姿が。

「すごいわよこれ……。復活しちゃったわ。こんな使い方あるなんてねぇ……」
 
「お、おねぇ…………?」

「……ナツキちゃん」
 
「オネェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 オネエの姿を見て、傀儡の術で凍らされていたはずの感情が蘇ってきて、涙腺が広がって、どばっ、と涙が溢れ出た。
 感情が残っていたら耐えられなかった苦楽が一気に押し寄せてきて、オネエにしがみ付いて混乱を泣き叫んでいた。

「オネエ! ごめんなさいっ! 殺しちゃってごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 迷惑掛けてごめんなさいっ!」

「わかった、わかっているわよナツキちゃん! よく、よく頑張ったわっ。……ほんと、大手柄よっ……」

「うぁあああああああああああああああああああんっ!!」
 
「でも今は感涙に咽んでいる場合じゃ無いわよ。エリナさんと葉月さんが……」

 エリナっ!?
 混乱を冷まされ、ナツキはオネエからサッと離れて、エリナに駆け寄った。

「エリナ!」

「あ、ぁぅ……あ、は、は……」

「エリナっ!」

「あ、はは……、ま、まじで、よ、ようしゃ、なさすぎっ…………っはぁ…………あはぁ……」

「エリナっ、喋らないで、喋らないでっ……」

 触れているあいだにもみるみるうちに、脈の力が弱まっていた。

「ご、ごめんっごめんなさいっ……」

 どのような理由があったにしても、クナイで斬り付けたのはナツキだった。
 そこを狙って蹴ったのもナツキだった。
 謝って済むことじゃない。
 どんな理由にしてもだ。
 それでも謝ることしか出来なかった。
 いくら謝っても、脈の回数は減っていく。
 息を吸って吐き出すにも気力を必要とするほどに……。
 
「榎本を…………お、おねがぃ……」
 
「そ、そんなっ……」

 ブンッ、と首を捻ってオネエに助けを求めたナツキであったが、さらに凄惨な状態にいる葉月の姿が視界に入り込んだ。
 ハッ、と息を詰まらせて、呼吸の間さえ失ってしまった。

「……な、…………んで……」

 ようやく絞り出せた言葉がそれだけだった。
 葉月の両目が潰れていたのだ。
 クナイで眼底まで貫かれたように。

「反鏡の術を使って、アタシの身体の傷を肩代わりしたのよ」

「そんなっ……。――こんなのって、ないよ……だ、誰かにその怪我代わってもらえるんでしょ!? そうだよ! 術を跳ね返すみたいなノリでどうにか出来るよね!? オネエも助かったんだから! そうすればエリナも葉月も助かるよね!?」

「無理よ。肩代わり出来る人がこの世界のどこにいるの?」

「そこら辺歩いてる人をさらってくるから待ってて!」

「待ちなさい! ここは龍司が作った仮想空間よ? アタシたち以外誰もいない。いつ出られるかも分からない」

「だったら私にっ、私に肩代わりさせてっ、私に葉月とエリナの痛みを私に移して!」

「いい加減にしなさいナツキちゃん!」

 ゴンッ! と頭が割れそうな勢いでげんこつを振り下ろされた。
 無感があっても通り抜けたであろう激痛だった。
 まるで魂を殴られたような、そんな痛みだった。
 
「反鏡の術を使えるのは葉月さんしかいないのよ? ……娘を生贄に助かろうとする訳無いでしょ……」

「ぅ…………ぅぅ……うぅう……」

 だからって、このまま黙ってエリナと葉月が死んでいくのを指をくわえて見ているなんて、……出来ないっ……。

「お別れよ……。……最後の挨拶も交わせなくなるわよ」
 
「できないぃ、出来ないよぉ……挨拶なんてぇ……できなぃいい……おねぇ…………おねぇ……辛いっ、辛いよぉ……」

「誰か辛い想いするのは避けられないんだから覚悟を決めなさいよ! いつまでもめそめそしてないで!」

 分かっても辛いぃ……。
 このまま2人を見殺しにするなんてっ……嫌だっ……。
 痛みを肩代わりして死んでもいいから代わりたいっ……。

「私がかわるからからぁ……かわるからぁ……」
 
「……死んで逃げよう何て、考えちゃだめよナツキちゃん」

「……死んで、…………逃げる?」
 
「アタシも死んでも償いきれない罪を背負っているのよ。長生きしたからね。……だから貴女も背負いなさい」

「背負う……っ……? っ……」
 
 ――エリナを殺したのは私だ。
 そして、お母さんを殺したのも私だ。
 私は、お母さんとエリナを助けようとしたんじゃなくて、そんな現実を受け入れたくなくて、死んで現実から逃げだそうとしていただけ……。

「エリナっ……、榎本君はっ…………私が、絶対どうにかするっ……だ、だから……だからっ」

「あぁ……あ、ははぁ…………はぁ……」
 
 もう、いつ尽きてもおかしくないほど、エリナの命の灯火が消えかかっている。
 なのに、エリナの表情はにこやかだった。
 エリナは気が利きすぎるところがあるから、トラウマにならないように必死に笑ってくれていた。
 もう、言葉さえ返してくれないけれど、それでもエリナの言いたいことは分かった。
 テレパスがなくても、いらないくらいにエリナのことはよく分かるから。
 それでも、エリナの笑顔に笑顔では返せなかった。 
  
「……あの、わたしじゃだめなのかね?」

 女だけのこの場に、あまりにそぐわぬ太い声がした。
 きょろきょろとナツキが視線を泳がせ、翔子も首を左右に捻った。
 しかし、誰もいない。
 ……そらみみ

「痛みの肩代わりっていうのは、分裂した身体では出来ないのかね?」

「キャッ!?」

 ついさっきナツキが胴体と首を離れ離れにした男。
 殺した筈の樽男の生首に言われて、ナツキは飛び跳ねるほどに驚かされた。

「どうなんだね? 服部、どうにか出来ないのかね?」

「え……エッ!? ……――ッ!?」
 
 脳内をフル回転させたがためか、オネエは一時停止したかのように身体を硬直させていた。

 え……? 助かる……の……? 
 みんなが……? 
 樽男と見つめ合うオネエを、ナツキは固唾を呑んで見守っていた。

「葉月さん! 目くらい見えなくても1回くらい術を成功させられるわね!?」

 点と点が結ばれたかのように、突然、オネエが身体を跳ねさせ指示を飛ばした。

「やってみますわっ!」

 葉月が両手を天へと掲げると、エリナが負った痛みを自身の身体へと引き受けていく。
 しかし、そのつもりが、負傷は移動しようとしない。

「なんでですのっ! 纏められるキャパシティを超えている……?」
  
 エリナの深手を考えたら葉月が肩代わりした場合、その時点で葉月が死亡……、何て事も十分考えられる。

「だからって……。まさか……ナツキ! エリナを叩き起こして! 意識をしっかりさせて!」
 
「は、はいっ!」

「エリナ! エリナ! しっかりして! おねがいっ目を覚まして!」

 叫べどナツキは気付いていた。
 もうエリナが息をしていないことを。
 脈が止まってしまっていることを。
 それでもエリナが死んでいるとは口に出せずに身体を揺さぶっていた。
 一番迷惑を掛けてくる、日常の大半を奪うエリナが突然消えてしまうなんて考えられなかった。 
 襟を掴んで激しく首を前後させていたらそのうち飛び起きるに決まっている。

 死んだと認めなければ死ぬはずがないんだ!

 龍司をめった刺しにしていたときより乱暴に、エリナの襟元を前後させる半狂乱のナツキ。
 見るに耐え難いナツキを尻目にオネエが葉月と二言三言と言葉を交わす。
 そこへ樽男も交え言葉を交わし、そして重ねる。ナツキだけを置いて。
 そのやり取りが終わると、葉月はこの場にいる全員の痛みを集約し、生まれた巨大なエネルギーの集合体を、金田樽男の生首へと明け渡すのであった。
 
 ヴォンッ!! ヴボォッ! ヴォン! ビュボンッ! ビュルルルルルーーーッ!

 生首一つでは許容できない痛みが、仮想空間に轟く湿った花火となって、現実世界へと助けを求める轟音となって打ち鳴らされたのであった。
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