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第3章 淫武御前トーナメントの章
48話 決勝戦ナツキVSマモン
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48話 決勝戦ナツキVSマモン
決勝戦の会場が仮想空間なら、影遁の術で試合を優位に運べるかも知れない。
このナツキの思惑は的中する。
影遁の術で影から影へと移動する際、ナツキは決まって仮想空間を経由するのだ。
それゆえナツキは、仮想空間への理解が他のくノ一よりも深かった。
『ゴングが鳴ったら散り散りに走って欲しい』
成功するかも分からない作戦だった。
それゆえ、ナツキはそれだけを守って、と念を押したのだ。
――そして、迎えた決勝の舞台。
一触即発の空気の中、淫魔とくノ一が睨み合っていた。
敵とも、味方とも誰もが言葉を交わさない。
そんな静けさが、空気を余計に乾かせる。
決勝戦にふさわしい気を散らせるような観客はひとりもいない。
カーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
乾いた空気を震わす試合開始のゴング。同時に四方八方散り散りに走るくノ一衆。
「どこに行くのかね!?」
叫んだ樽男以外の淫魔衆が無言でくノ一等の背を追う。しかし。追い掛けた背中は、影へと吸い込まれるように消えてしまうのであった。
「き、消えた!? どこに行ったのかね!?」
「落ち着け金田樽男、計算通りだ。やっぱり影遁を使って来やがったか」
樽男の肩に手を乗せて宥めたのは龍司だった。
そして、龍司は他のメンバーに指示を続けた。
「こっちも作戦開始だ。全員バラバラに散れ!」
「作戦? わたしは聞いていない」
「樽男君は裏切り癖があるからね☆」
樽男は、散りながらのマモンに言われてしまうのであった。
その頃ナツキ達くノ一チームも、散り散りになって走っていた。ナツキの指示通りに。
決勝開始直後、ナツキは走りだした味方全員を現実世界を経由して、仮想空間の別な地点へと移動させたのである。
現実▽仮想▽現実で行われる影遁の術を応用して、仮想▽現実▽仮想で、全員をワープさせたのだ。
……うまくいった。上手くいかなかったときのために、距離を取っておいてって言っておいたけど、その必要も無かった。
ただ、コントロールが利かなくて、全員が全員バラバラに散ってしまったが、それを含めても上出来だ。
淫魔達とは、上手く距離が取れている。
ナツキはくノ一のいる場所も、龍司を始めとする敵の位置も把握出来ていた。
――地上と同じ広さの疑似世界。どこまでも広く、一旦はぐれたら相手を見つけるのは至難の業。これで淫魔からポイントを奪われることはない。
対して忍びチームは、影遁の術を使えばいつでも淫魔に奇襲を掛けられる。
龍司を避け、龍司の位置を味方に伝令しつつ、淫魔連中のポイントを削れば自ずと勝利となる。
ナツキの狙い通りの展開となった。
(これで、――アイツを消せる)
ナツキが真っ先に狙ったのは、今回の事件の発端となった少年・マモンだった。
偶然が重なったとはいえ、オネエを堕とした男である。
だからといって嫉妬からマモンを狙うわけではない。
オネエがマモンと遭遇した場合、為す術無しに負ける恐れがあるからだ。
それだけではない。
『マモンに堕ちた呪縛が解けていないわ。早々に始末して欲しいの。そのせいでナツキちゃんみたいにオナニー狂いにされちゃって……』
誰がオナニー狂いだ。と、相談してきたオネエに突っ込みを入れたいナツキであったが、入れられないくらいにショックが大きかった。
……オネエが色狂いになるなんて。
兎にも角にも、マモンに完堕ちした際に掛けられた淫魔の呪いを解くために、ナツキはマモンを真っ先に倒したかったのだ。
オネエが内情を伝えてもおかしくないが故に、マモンは龍司に次ぐリスクの大きい敵だった。
それにやっぱりオネエを汚した奴を野放しには出来ない。
これは断じて嫉妬ではない。
好意でも何でも無く、単純な肉欲でオネエを汚したマモンはこの手で消す。
オネエもオネエだ。外道を私のクナイを弾いてまで守るなんて。
どうせ自慰もマモンを考えてしているんだろう!
ドガアアアアアアアアアアアアッ゛ッ゛!!!
マモンとの距離感を2キロ圏内にキープしていたナツキであったが、オネエが敵に回って刃を弾いてきた時の光景が脳裏で瞬いて、気付けばマモンの影へと飛ぶなり後からおもいっきり蹴り飛ばしていた。
「ぐぅあ゛っ!?」
――やってしまった。
忘れたい記憶がフラッシュバックした瞬間、術を発動させていた。もう少し敵と味方の位置関係を考え、先導し終えてから仕掛けるつもりだったのに。
……まあいい。回りに敵はいない。
みんながみんな龍司と遭遇の可能性のある距離感でもなかった。
倒してしまおう。
「は、ははっ、飛んできたって、これ言葉のまんま飛んできたねっ……」
マモンを蹴り飛ばしたそこは、人でごった返すはずのスクランブル交差点だった。
しかし仮想空間であるがためにもぬけの殻。不気味なくらいに静まり返っている。
普段ならば、座り込むことの出来ない道路の真ん中で、「痛て……」と尻もちついたままの変態少年の顔目掛けて――ガッ!!
「グアッ!?」
ナツキは前蹴りを放った。
「痛い思いさせまくってから始末してあげる。五回失神したくらいでは終わらせないけど、ねっ!!」
「ぐあっ!? がぁ、はぁ……はぁ…………や、やっぱり、僕を狙って、来たねっ……寝取られたからだよねっ、レズくノ一っぐぇあッ!?」
「言ってろ。寝取られとは思っていない。単純にお前が気に入らないからだ。オネエを傷付けたお前を許さない――ガッンッ! ガッ!!」
「ぐぇ、ぐあ゛っ!?」
「試すようにお願いされていることもある。痛みで失神してもカウントされるのかどうかを、ね!! ――ガンッ!」
「ぐぇ!? か、変わった、ねぇなっ、な、ナツキさん、感情がみ、みえないっ」
「そんなものはもともと見えない――ドガッ!」
「ぐふぇ、は、ふ、ふふっ、見えるんだよっ、ぼ、僕にはっ、、、はぁ、はぁ……。1回戦であたったときとは、比べものにならないつよさ、だっ……二週間マーラに犯されっぱなしだったからか、ははは……そりゃつよ……ぃ」
――二週間も経っていたのか。どうりで。決勝戦まで進んでいるわけだ。
時の流れの速さに、ナツキは奇妙な感覚を覚えた。しかし、時間の流れ以上に覚えた違和感があった。マモンが手抜きをしているようにしか思えなかったのだ。
ナツキは自身のパワーアップにも驚かされていた。
何せマモンは、ナツキが1回戦で敗北した淫魔・マロッグを従えていた少年なのだ。
一方的に倒せる相手ではない筈なのだ。
しかしマーラにやられまくってパワーアップしたからか、それとも観客による輪姦でパワーアップしたのかは分からないが、マモンが格下にしか思えなかった。
「情欲を捨てる境地……、感情さえも捨てる奥義っ、くノ一の最高峰っ……の、おうぎだっ……、そ、そりゃ、あ勝てないっ、勝てるわけがないっ……最高ダッ! 最高ダッ! 思いどおりに最高ダッ! 全てが僕の思いどおりに最高ダッ!」
「最高? ……狂ったの?」
壊れたように同じ台詞を繰り返すからといってナツキは手を休めない。
ドガドガッ! ボコボゴッ! と殴る蹴る。
暴力で気絶させてもカウントになるかどうかは、この先必要な情報になる。
……このままポイントも奪ってしまう。
他のチームメイトに逃げてもらって、ナツキが影遁の術を駆使してポイントを稼げるだけ稼ぐ。これがナツキたちの作戦だった。
不測の事態が起きるまで、一人で戦い続ける以上、オネエからお願いされていなかったとしても知りたいところではあった。
「はぁ、はぁ…………。やり過ぎたか」
殺すことを目的としない暴力を、人に振るい続けた記憶がナツキにはなかった。
少なくともすぐには思い出せないくらい遠い記憶になるだろう。
マモンが失神したのを確認して、ナツキはマモンの腕を掴んだ。
運営から配られた失神カウンター付きの腕時計を見やる。
『5回失神した場合は退場』
それでも退場しない場合に、電気が流れて拘束する機能もあるカウンターだった。
「失神回数としてはカウントされない、か……」
5の数字のまま動かない腕時計に呟いて、ナツキはぐったりしたマモンの細腕を払うように投げる。
「んぶぅ、あぁ……鼻が潰れたよ。いでぇなぁ……、呼吸しにぐいっ、でも気を失う痛みなんてないよね!? 痛いけど、翔子さんに言わせて正解だった翔子さんに言わせて正解だった!」
「何を?」
「決まってるでしょ。『……オナニー狂いをどうにかしたいからマモンを殺してって、ナツキさんに伝えて』って言ったんだよ? それ以外ある?」
な……に? オネエはマモンに言わされていたの?
瀕死の重傷を負っていたマモンが、まるでムービーを巻き戻ししていくように身体の傷を復元しながら言ってきたのだ。
流石に動揺させられる。
「それ以外聞いてないでしょ? だって余計なこと言わせてないも☆ 回復が少し追い付かないから驚いたけど大丈夫だね――じゃ、続きしよ!」
「ちっ!」
打撃を恐れずに飛びついてきたマモン。
しかしはっきり言って身体の使い方が全くなっていなかった。
素人同然だ。
足刀で喉をガンッ! と蹴り、軸足そのままにもう一発鼻っ面に見舞う。
驚異的な復元を見せ付けてきたばかりの鼻骨をもう一度へし折った。
「グェアッ!?」
一方的にダメージを与えられるものの、打撃では埒があかない。
回復量が驚異的だった。
刀を取り出してもいいが、それより先に確認したいことがある。
「前に犯したときに掛けた呪いを使ってオネエを操っていたの?」
「そうだよ。いやーでもナツキさん。想像以上に強くてほんっ、とーーに最高だね」
「最高? ……どういう意味」
「手駒は強いに越したことがないでしょ? どうしても倒したい女がいるからねぇ」
背筋を舐められたような、そんなゾッとする声と目だった。
手駒……、倒したい奴……。
――エリナか。
「分かった? ナツキさんを使ってエリナを倒したいんだよねー」
「ほざいてろ。減らず口も叩けなくしてやる」
ナツキは大太刀を引っ張り出そうとしゃがみ込んだ。
今いるところがワープゲート扱いがゆえに、大太刀に留まらず、現実世界から何でも持ってこれてしまうのだ。
矢でも鉄砲でも。
「ストップ」
言って、マモンがにんまりと口角を上げた。肩をくいっ、と持ち上げ、呆れ顔でため息を吐いてきたのだ。
そこでナツキは愕然とさせられる。
「どういう……ことっ……」
動けなかったのだ。
刀に指先触れたところで、それ以上何も出来なくなってしまったのだ。
影に触れたままにしゃがんでいると、顎先を摘ままれて立たされた。
「なんで分からないの☆? ナツキさんさー、エリナを救うために、下処理奴隷になる約束したでしょ? マロッグと戦っているときにさー。忘れたの?」
「………………な……に……? 忘れていたも何も……、なんで、有効なのっ……」
『――ナツキさんが負けた場合はボクの下処理奴隷になってくれない? 精子から小便から大便からなにからなにまでやってよ』
確かにそんな約束はした。だからと言って負けた場合の罰ゲームは受けた。
「ギャラリーから輪姦されて終わりでしょ……。なんで継続しているっ」
「奴隷契約終了の条件なんて無いからねー」
「そんなわけないでしょ! っう!?」
いきなり唇を奪われ、そのまま舌を捩じ込まれそうになり、唇が色を変えるくらいに閉ざして拒んだ。
グヂュリグヂユ……と舌先を尖らせて無理やり入り込もうとしてくる。
ネヂユ……ネヂネジユッ、と穿るように強引に舐められてしまう。
それを拒みきると、後頭部に腕を回されてガパッと大きく開いた口で、唇を塞ぎ込まれた。
「ン゛……んっふっ……、んふぅ…………んぅ、ふぅ…………」
身体は小さい癖して口がサメのように大きくて、丸々塞ぎ込んだままに唇をべろりべろりと舐め回された。
汚辱的なキスへの嫌悪はある。
しかしナツキはそれらが問題にならないほどの危機感を覚えていた。
――私のせいで全滅する。エリナと戦わされるだけで済む筈がない。
どうにか、どうにかしないと、どうにかっ……。考えろ……何か手立ては……。
どう考えたってある筈がない。
そもそもこの少年は、オネエが良いようにされた淫魔だ。
(……私とオネエが敵に寝返ったような状況。もう、淫魔に勝てない。考えが……、甘かった、作戦が崩壊した……)
表情を絶望色に染めていたのだろう。
まるで心情を見透かすようにマモンから言われた。
「エリナを呼びだしてくれたら、他には何も望まないよ? ちゃんと約束もする。どう? 悪くない話でしょ? エリナを呼びだしてくれない?」
条件はいい。つい頷いてしまいそうになる。
少し前のナツキなら乗っていても不思議では無かっただろう。
しかしナツキは、神経を逆撫でするように鼻で笑った。
「――良かった。安心したよ。――下処理奴隷とやらの契約じゃ、エリナを呼ばせられない、ってことだよね?」
「……」
「下処理奴隷何て言われたから、強い力で抑えられているのかと思ったけど違うみたいだね。効力はそこまで強くない。喋ることだって出来ている」
オーバーなくらいに驚いたリアクションをされた。
「凄いなー、急かした方が堕としちゃえると思ったけど意外に冷静だね。ナツキさんの言うとおりだよ」
一度区切ってニヤッと不気味な笑みを浮かべて続けられた。
「でもねー、身体を拘束できることには変わりがないんだよ。翔子さんは多少身体の自由があっても、完全に堕ちたよ。殆ど動けないナツキさんは耐えられる?」
ナツキにも、マモンからの責めを耐える忍耐の時間がやってきたのであった。
決勝戦の会場が仮想空間なら、影遁の術で試合を優位に運べるかも知れない。
このナツキの思惑は的中する。
影遁の術で影から影へと移動する際、ナツキは決まって仮想空間を経由するのだ。
それゆえナツキは、仮想空間への理解が他のくノ一よりも深かった。
『ゴングが鳴ったら散り散りに走って欲しい』
成功するかも分からない作戦だった。
それゆえ、ナツキはそれだけを守って、と念を押したのだ。
――そして、迎えた決勝の舞台。
一触即発の空気の中、淫魔とくノ一が睨み合っていた。
敵とも、味方とも誰もが言葉を交わさない。
そんな静けさが、空気を余計に乾かせる。
決勝戦にふさわしい気を散らせるような観客はひとりもいない。
カーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
乾いた空気を震わす試合開始のゴング。同時に四方八方散り散りに走るくノ一衆。
「どこに行くのかね!?」
叫んだ樽男以外の淫魔衆が無言でくノ一等の背を追う。しかし。追い掛けた背中は、影へと吸い込まれるように消えてしまうのであった。
「き、消えた!? どこに行ったのかね!?」
「落ち着け金田樽男、計算通りだ。やっぱり影遁を使って来やがったか」
樽男の肩に手を乗せて宥めたのは龍司だった。
そして、龍司は他のメンバーに指示を続けた。
「こっちも作戦開始だ。全員バラバラに散れ!」
「作戦? わたしは聞いていない」
「樽男君は裏切り癖があるからね☆」
樽男は、散りながらのマモンに言われてしまうのであった。
その頃ナツキ達くノ一チームも、散り散りになって走っていた。ナツキの指示通りに。
決勝開始直後、ナツキは走りだした味方全員を現実世界を経由して、仮想空間の別な地点へと移動させたのである。
現実▽仮想▽現実で行われる影遁の術を応用して、仮想▽現実▽仮想で、全員をワープさせたのだ。
……うまくいった。上手くいかなかったときのために、距離を取っておいてって言っておいたけど、その必要も無かった。
ただ、コントロールが利かなくて、全員が全員バラバラに散ってしまったが、それを含めても上出来だ。
淫魔達とは、上手く距離が取れている。
ナツキはくノ一のいる場所も、龍司を始めとする敵の位置も把握出来ていた。
――地上と同じ広さの疑似世界。どこまでも広く、一旦はぐれたら相手を見つけるのは至難の業。これで淫魔からポイントを奪われることはない。
対して忍びチームは、影遁の術を使えばいつでも淫魔に奇襲を掛けられる。
龍司を避け、龍司の位置を味方に伝令しつつ、淫魔連中のポイントを削れば自ずと勝利となる。
ナツキの狙い通りの展開となった。
(これで、――アイツを消せる)
ナツキが真っ先に狙ったのは、今回の事件の発端となった少年・マモンだった。
偶然が重なったとはいえ、オネエを堕とした男である。
だからといって嫉妬からマモンを狙うわけではない。
オネエがマモンと遭遇した場合、為す術無しに負ける恐れがあるからだ。
それだけではない。
『マモンに堕ちた呪縛が解けていないわ。早々に始末して欲しいの。そのせいでナツキちゃんみたいにオナニー狂いにされちゃって……』
誰がオナニー狂いだ。と、相談してきたオネエに突っ込みを入れたいナツキであったが、入れられないくらいにショックが大きかった。
……オネエが色狂いになるなんて。
兎にも角にも、マモンに完堕ちした際に掛けられた淫魔の呪いを解くために、ナツキはマモンを真っ先に倒したかったのだ。
オネエが内情を伝えてもおかしくないが故に、マモンは龍司に次ぐリスクの大きい敵だった。
それにやっぱりオネエを汚した奴を野放しには出来ない。
これは断じて嫉妬ではない。
好意でも何でも無く、単純な肉欲でオネエを汚したマモンはこの手で消す。
オネエもオネエだ。外道を私のクナイを弾いてまで守るなんて。
どうせ自慰もマモンを考えてしているんだろう!
ドガアアアアアアアアアアアアッ゛ッ゛!!!
マモンとの距離感を2キロ圏内にキープしていたナツキであったが、オネエが敵に回って刃を弾いてきた時の光景が脳裏で瞬いて、気付けばマモンの影へと飛ぶなり後からおもいっきり蹴り飛ばしていた。
「ぐぅあ゛っ!?」
――やってしまった。
忘れたい記憶がフラッシュバックした瞬間、術を発動させていた。もう少し敵と味方の位置関係を考え、先導し終えてから仕掛けるつもりだったのに。
……まあいい。回りに敵はいない。
みんながみんな龍司と遭遇の可能性のある距離感でもなかった。
倒してしまおう。
「は、ははっ、飛んできたって、これ言葉のまんま飛んできたねっ……」
マモンを蹴り飛ばしたそこは、人でごった返すはずのスクランブル交差点だった。
しかし仮想空間であるがためにもぬけの殻。不気味なくらいに静まり返っている。
普段ならば、座り込むことの出来ない道路の真ん中で、「痛て……」と尻もちついたままの変態少年の顔目掛けて――ガッ!!
「グアッ!?」
ナツキは前蹴りを放った。
「痛い思いさせまくってから始末してあげる。五回失神したくらいでは終わらせないけど、ねっ!!」
「ぐあっ!? がぁ、はぁ……はぁ…………や、やっぱり、僕を狙って、来たねっ……寝取られたからだよねっ、レズくノ一っぐぇあッ!?」
「言ってろ。寝取られとは思っていない。単純にお前が気に入らないからだ。オネエを傷付けたお前を許さない――ガッンッ! ガッ!!」
「ぐぇ、ぐあ゛っ!?」
「試すようにお願いされていることもある。痛みで失神してもカウントされるのかどうかを、ね!! ――ガンッ!」
「ぐぇ!? か、変わった、ねぇなっ、な、ナツキさん、感情がみ、みえないっ」
「そんなものはもともと見えない――ドガッ!」
「ぐふぇ、は、ふ、ふふっ、見えるんだよっ、ぼ、僕にはっ、、、はぁ、はぁ……。1回戦であたったときとは、比べものにならないつよさ、だっ……二週間マーラに犯されっぱなしだったからか、ははは……そりゃつよ……ぃ」
――二週間も経っていたのか。どうりで。決勝戦まで進んでいるわけだ。
時の流れの速さに、ナツキは奇妙な感覚を覚えた。しかし、時間の流れ以上に覚えた違和感があった。マモンが手抜きをしているようにしか思えなかったのだ。
ナツキは自身のパワーアップにも驚かされていた。
何せマモンは、ナツキが1回戦で敗北した淫魔・マロッグを従えていた少年なのだ。
一方的に倒せる相手ではない筈なのだ。
しかしマーラにやられまくってパワーアップしたからか、それとも観客による輪姦でパワーアップしたのかは分からないが、マモンが格下にしか思えなかった。
「情欲を捨てる境地……、感情さえも捨てる奥義っ、くノ一の最高峰っ……の、おうぎだっ……、そ、そりゃ、あ勝てないっ、勝てるわけがないっ……最高ダッ! 最高ダッ! 思いどおりに最高ダッ! 全てが僕の思いどおりに最高ダッ!」
「最高? ……狂ったの?」
壊れたように同じ台詞を繰り返すからといってナツキは手を休めない。
ドガドガッ! ボコボゴッ! と殴る蹴る。
暴力で気絶させてもカウントになるかどうかは、この先必要な情報になる。
……このままポイントも奪ってしまう。
他のチームメイトに逃げてもらって、ナツキが影遁の術を駆使してポイントを稼げるだけ稼ぐ。これがナツキたちの作戦だった。
不測の事態が起きるまで、一人で戦い続ける以上、オネエからお願いされていなかったとしても知りたいところではあった。
「はぁ、はぁ…………。やり過ぎたか」
殺すことを目的としない暴力を、人に振るい続けた記憶がナツキにはなかった。
少なくともすぐには思い出せないくらい遠い記憶になるだろう。
マモンが失神したのを確認して、ナツキはマモンの腕を掴んだ。
運営から配られた失神カウンター付きの腕時計を見やる。
『5回失神した場合は退場』
それでも退場しない場合に、電気が流れて拘束する機能もあるカウンターだった。
「失神回数としてはカウントされない、か……」
5の数字のまま動かない腕時計に呟いて、ナツキはぐったりしたマモンの細腕を払うように投げる。
「んぶぅ、あぁ……鼻が潰れたよ。いでぇなぁ……、呼吸しにぐいっ、でも気を失う痛みなんてないよね!? 痛いけど、翔子さんに言わせて正解だった翔子さんに言わせて正解だった!」
「何を?」
「決まってるでしょ。『……オナニー狂いをどうにかしたいからマモンを殺してって、ナツキさんに伝えて』って言ったんだよ? それ以外ある?」
な……に? オネエはマモンに言わされていたの?
瀕死の重傷を負っていたマモンが、まるでムービーを巻き戻ししていくように身体の傷を復元しながら言ってきたのだ。
流石に動揺させられる。
「それ以外聞いてないでしょ? だって余計なこと言わせてないも☆ 回復が少し追い付かないから驚いたけど大丈夫だね――じゃ、続きしよ!」
「ちっ!」
打撃を恐れずに飛びついてきたマモン。
しかしはっきり言って身体の使い方が全くなっていなかった。
素人同然だ。
足刀で喉をガンッ! と蹴り、軸足そのままにもう一発鼻っ面に見舞う。
驚異的な復元を見せ付けてきたばかりの鼻骨をもう一度へし折った。
「グェアッ!?」
一方的にダメージを与えられるものの、打撃では埒があかない。
回復量が驚異的だった。
刀を取り出してもいいが、それより先に確認したいことがある。
「前に犯したときに掛けた呪いを使ってオネエを操っていたの?」
「そうだよ。いやーでもナツキさん。想像以上に強くてほんっ、とーーに最高だね」
「最高? ……どういう意味」
「手駒は強いに越したことがないでしょ? どうしても倒したい女がいるからねぇ」
背筋を舐められたような、そんなゾッとする声と目だった。
手駒……、倒したい奴……。
――エリナか。
「分かった? ナツキさんを使ってエリナを倒したいんだよねー」
「ほざいてろ。減らず口も叩けなくしてやる」
ナツキは大太刀を引っ張り出そうとしゃがみ込んだ。
今いるところがワープゲート扱いがゆえに、大太刀に留まらず、現実世界から何でも持ってこれてしまうのだ。
矢でも鉄砲でも。
「ストップ」
言って、マモンがにんまりと口角を上げた。肩をくいっ、と持ち上げ、呆れ顔でため息を吐いてきたのだ。
そこでナツキは愕然とさせられる。
「どういう……ことっ……」
動けなかったのだ。
刀に指先触れたところで、それ以上何も出来なくなってしまったのだ。
影に触れたままにしゃがんでいると、顎先を摘ままれて立たされた。
「なんで分からないの☆? ナツキさんさー、エリナを救うために、下処理奴隷になる約束したでしょ? マロッグと戦っているときにさー。忘れたの?」
「………………な……に……? 忘れていたも何も……、なんで、有効なのっ……」
『――ナツキさんが負けた場合はボクの下処理奴隷になってくれない? 精子から小便から大便からなにからなにまでやってよ』
確かにそんな約束はした。だからと言って負けた場合の罰ゲームは受けた。
「ギャラリーから輪姦されて終わりでしょ……。なんで継続しているっ」
「奴隷契約終了の条件なんて無いからねー」
「そんなわけないでしょ! っう!?」
いきなり唇を奪われ、そのまま舌を捩じ込まれそうになり、唇が色を変えるくらいに閉ざして拒んだ。
グヂュリグヂユ……と舌先を尖らせて無理やり入り込もうとしてくる。
ネヂユ……ネヂネジユッ、と穿るように強引に舐められてしまう。
それを拒みきると、後頭部に腕を回されてガパッと大きく開いた口で、唇を塞ぎ込まれた。
「ン゛……んっふっ……、んふぅ…………んぅ、ふぅ…………」
身体は小さい癖して口がサメのように大きくて、丸々塞ぎ込んだままに唇をべろりべろりと舐め回された。
汚辱的なキスへの嫌悪はある。
しかしナツキはそれらが問題にならないほどの危機感を覚えていた。
――私のせいで全滅する。エリナと戦わされるだけで済む筈がない。
どうにか、どうにかしないと、どうにかっ……。考えろ……何か手立ては……。
どう考えたってある筈がない。
そもそもこの少年は、オネエが良いようにされた淫魔だ。
(……私とオネエが敵に寝返ったような状況。もう、淫魔に勝てない。考えが……、甘かった、作戦が崩壊した……)
表情を絶望色に染めていたのだろう。
まるで心情を見透かすようにマモンから言われた。
「エリナを呼びだしてくれたら、他には何も望まないよ? ちゃんと約束もする。どう? 悪くない話でしょ? エリナを呼びだしてくれない?」
条件はいい。つい頷いてしまいそうになる。
少し前のナツキなら乗っていても不思議では無かっただろう。
しかしナツキは、神経を逆撫でするように鼻で笑った。
「――良かった。安心したよ。――下処理奴隷とやらの契約じゃ、エリナを呼ばせられない、ってことだよね?」
「……」
「下処理奴隷何て言われたから、強い力で抑えられているのかと思ったけど違うみたいだね。効力はそこまで強くない。喋ることだって出来ている」
オーバーなくらいに驚いたリアクションをされた。
「凄いなー、急かした方が堕としちゃえると思ったけど意外に冷静だね。ナツキさんの言うとおりだよ」
一度区切ってニヤッと不気味な笑みを浮かべて続けられた。
「でもねー、身体を拘束できることには変わりがないんだよ。翔子さんは多少身体の自由があっても、完全に堕ちたよ。殆ど動けないナツキさんは耐えられる?」
ナツキにも、マモンからの責めを耐える忍耐の時間がやってきたのであった。
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