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第2章 忍の章

12話 真相

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 いつも嘘ばかり吐いてくるエリナだったが、この時は、不思議とその場しのぎの嘘をついているとは思えなかった。


 ――突然鼻で笑ったエリナは、古賀忍軍のことを話し始めたのだ。


 古賀忍軍。エリナの属する忍び衆だ。
 元々はオネエ、こと服部が属する伊賀忍軍と、忍び界隈の勢力図を二分化していた大きな忍者軍団で、規模だけならオネエのワンマンチーム化している伊賀よりよっぽど大きな組織だった。


 その古賀忍軍の現頭領・古賀茂が淫魔と約定を結んだという。


 規模が大きかったことも手伝って、古賀による攻撃は伊賀に壊滅的なダメージを与えた。金田樽男を使っての伊賀への攻撃もその一つ。
 巻き込まれる形で、風魔もナツキ1人を残すところとなってしまったのだ。


 この話だけでもよく分かる。忍びが過去に袂を分かつた存在、淫魔と呼ばれる過去の汚物、忍者にとって負の遺産でしかない淫魔が台頭してきた理由が。


 どう考えても古賀茂が原因だ。


 伊賀が壊滅寸前に追いやられたのも、ついでと言わんばかりに風魔が壊滅寸前に追いやられたのも、金田樽男なんていう皮のあまった中年にめちゃくちゃにやられたのも、エリナのおじさんである・古賀茂が悪い。


 先代の後を継いで、淫魔と手を結んだ古賀茂が悪い。


 古賀の狙いは、忍び界隈の頂点の座だった。
 だいたい伊賀が機能していない時点で、今の段階に於いても古賀が忍びの頂点を極めたと言っても差し支えないだろう。


 古賀が伊賀を超えたのは、人数差を考えただけでも歴然だ。


 しかし、1番になっても古賀は攻め続けている。侵略戦争をやめる様子もない。
 忍び衆の覇権争いだけに留まっていない。
 力に魅入られた者の行動だ。子守歌で毎晩聞かされた力に狂った者の末路だ。


「エリナ。おじさんに会わせて。挨拶がしたい」


 エリナは色々教えてくれたが、それでもおじさんの命を絶つと言ったら反対するだろう。ここは穏便に済ませる感じで話を進めたほうがいい。


「いやー、甘いよ。そんな殺す気満々の顔でさー」


(バレてる……。エリナと同じで私も顔に出やすいのかな)


「だいたい今の話信じてるのー? いつも疑り深い顔で見てくるくせにさー?」


「いつも嘘吐いてくるから、エリナが嘘吐いてるかは顔を見たら分かるよ。だから本当のことなのかどうかもなんとなく分かる」


「へー。怒らないの?」


「何に対して?」


「……ずっとー……騙してたこととか」


「騙していた……。エリナ、……それ本気で聞いてるの?」


「いやー、マジだけど」


 ふざけた顔ではなく、本気で聞かれている。意味が分からない。


「今まで散々嘘ばかり吐いてたのに今更何言ってるの?」


「いや、嘘の規模がさー、ねぇ……。――くノ一ってこととか隠してたし……」


「私も隠してたよ?」


「あぁー、まーそう言われればそうなんだけど……、なんか違うよねー。――友達の振りしたりとかさー……実は友達じゃ無かったとか、さ……」


「はぁ……。友達とか、友達じゃないとか。そんなのエリナが決めることじゃないよ。こっちが決めること。だから振りとかないよ」


「ナツキ……」


「だから教えて古賀茂はどこ?」


 ――エリナ~、教えてあげてもいいよぉおお♥


 鼻に掛かったきもい声が聞こえてきた。
 慢性鼻炎に悩まされているだらしのない声と言ったら良いのだろうか。
 

(…………え? ちょっと…………まて。これがエリナのおじ……さん? この声の主が古賀…………、茂?)


 やり手の古賀忍軍頭首、そのイメージからあまりにかけ離れた声に戸惑わされたものの、ナツキはそのまま問い掛ける。


「私にも聞こえるんだけど。――どこから話しかけている古賀茂」


 名前のせいか、もっと昭和チックで貫禄のある忍者だと思っていた。


 ――ナツキちゃん。しくじったわ。


「おねぇ!?」


 古賀茂に続いて聞こえてきたのは、オネエの声だった。
 大仏になったどころか、存在自体すっかり忘れていたことも相まって声を張り上げて驚いてしまう。
 オネエと茂が一緒にいるのか?
 しかしどういう状況? それより何だこの音は。


 耳の中に嵌めている通信デバイスから二人の声が聞こえてくる、と気付いたときには、工事現場を通りかかったような重機の音がダダダダダッ、ダダダダダッ、鼓膜を揺さぶる音が規則的に響いてくる。


(ま、まさか……)


「オネエが壊される!?」


「それは大丈夫よナツキちゃん。厚み1mmもないハリボテだけど、奈良の大仏と違って脆くないのよ……」


 ハリボテ……、中は空洞だったの……。
 質量保存の法則を無視した変幻の術には、そんなトリックがあったのか。
 しかし仏像と違って脆くない、か……。いまいちピンとこないな。


「壊れないんだよぉおナツキちゃああん。物に変幻した場合は壊れないのぉお♥」


 動けない代わりに壊れない。
 何かのゲームにあった、使い道が殆どない魔法と同じ原理か。
 しかし、それならオネエは何をしくじったんだ。
 絶対壊れないならこんな音が鳴ってても無事なんじゃ……。


「生き埋めにしようと思ってまぁあす♥ 仏像のまま海に沈めようと思ってまぁあす♥ 仏像から戻った瞬間にぶっ潰れる海底に! どうでしょぉおおか♥」


「な、にっ……」


「深海とはいえ、服部は鍛えに鍛えられた忍者万一潰れないかも知れませんねぇえええ♥ ――どっちにしても地上まで上がってこれないよねぇえええ! 深海には危ない生物がうようよしているからねぇぇええ♥」


(いつの間にか追い込まれてるっ……。オネエにどうしたら良いのか聞きたいけど、多分筒抜けになる……)


「お、おじさーん。……もうよくない? 古賀はもう1番だよ? ね? ……ダメかな? ねぇ、おじさん」


 エリナが肩を持つ形で、セックスのときよりも甘えた声で言ってくれた。
 なぜ味方をしてくれるのかは分からないけど、今はエリナに縋るしかない。


「くノ一の癖に友達ごっこに絆されたのかなエリナちゃん♥ これだからガキと女の面倒は見たくないんだよ? エェエ゛ッ!!?」


「――っ……」


 鼻が詰まった声で怒鳴るものだからおならの音に聞こえてしまった。
 それも突然怒鳴ったせいで、おならで締めくくったような後味の悪さだった。


「指図してくるなんて出世したね♥ 榎本君を爆発させようかァアア゛!?」


「やめテェェエエエエエええッ!!」


 初めて聞いたエリナの割れるような悲鳴だった。
 しかし、榎本君が爆破?
 どういうことだ……。


「知らなかったのナツキちゃああん♥ まさか榎本君の特異体質が生来備わっているものだと本気で思っていたんですかー? 本気で思っていたんですかぁあ!?」


 ついさっきエリナから、「MARSは榎本の体質で作られた」と聞かされて、違和感はあった。言ってる本人が、嘘吐きの目をしていたのが理由かも知れないが。


「どういうこと……」


「榎本君は悪魔に、いや淫魔に魂を売っていたんだよ。淫魔の種を食べることによって、彼は特異体質を手に入れたのぉおお♥♥♥」


「淫魔の種を……食べた? ……そして淫魔になった? ……食べ物食べてなるとか、そう言うものなの? ――ありえ……」


 いや。金田樽男も元は人間で淫魔の力を宿したんだ。あの男が何かを食べて淫魔になったかどうかは分からないが、ゲテモノ食いで好色の目はしていた。
 多少なりとも持ち合わせていた淫魔に対する常識は、今となっては使い物にならない。捨てないとならない。


「――エリナ。茂が言っていることは本当なの?」


 コクッ、とエリナは頷いた。
 つい最近まで知らなかったのだろう。
 もっと前から知っていたならこんなに動揺しないはず。


「特異体質――そう、榎本君は力に目覚めましたぁあー♥ 忍びの素質がない彼をボクが救って上げたんですぅ♥ 泣ける話でしょう? 感動しましたか!?」


「外道が……。私と勝負しろ。負けたらなんだって聞いてやる代わりに、私が勝ったらオネエと榎本君を解放しろ」


「だめ、だめなんだよそれっ、ナツキっ! 聞いてなかったの!? 挑発して、挑発してそう言わせるのがおじさんの狙いなんだよ!?」


 カチャン、とオネエに傀儡にされたときと同じ金属音が鳴った。
 どこにいるのか分からない状況でもやっぱり掛けられるのか。


 ただ、傀儡にする為の暗示であると先刻承知だった。
 だから、条件を突きつけている間にエリナに止められたものの、そのまま言い切った。


 ――傀儡の術が掛けられそうになった時の対処法は、オネエから聞いてあった。
 傀儡の術を逆手に取る。
 挑発して負けたらなんでも言うことを聞く、とだけ言わせるつもりだったのだろうが、そのまま「私が勝ったらオネエと榎本君を解放しろ」と、約束をこぎつけた。


「任せておいて、エリ、……っ――っう!?」


 エリナの表情を見て後ろに男が立っていると気付いて、ナツキは慌てて天井に飛んだ。天井を地面代わりに着地するなり踏み台にして、男に向かって飛び掛かる。
 しかし避けられてしまう。


「初めましてナツキさん。古賀忍軍頭領、古賀茂でぇえええ~す♥♥♥!」


 こうして古賀忍軍頭領とナツキの一騎打ちの火蓋が切って落とされる。


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