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第2章 忍の章

3話 身体を掛けて交渉

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 ジメジメしていて薄暗いと思っていた榎本君の部屋は、イメージとは真逆で清涼感のある白と青を基調にした部屋で日当たりも良かった。
 1人部屋にしては広く、学習デスクと同じくらいの高さの大きなコンポラジカセが置かれている。


 不意を突かれて深イキさせられたナツキは、――翌日、榎本君の家を訪ねていたのだ。


「ほんとに来てくれたんだねー」


「あんなやり方されたら来るしかないでしょ」


                  ※


 昨日の放課後。気が付いたときにはすっかり陽が落ちていて、榎本君も、そしてエリナもいなくなっていた。
 帰宅するなりエリナに電話しようと思ったナツキであったが、胸がざわざわしてしまい、そのまま翌日を迎え、そして翌朝エリナに会うなり事情を知らない顔とみて恐る恐る聞いたのだ。


「ごっめ~ん! 急におじさんから呼び出されちゃって~。一応、急用出来たから帰る! って大きな声で言ったんだけど聞こえなかった?」


「そう……だったね」


 もちろん聞こえていなかった。あれだけ喘ぎ声を張ってしまって、そのあと気を失ってしまったんだ。聞こえている筈がない。
 逆にこっちの喘ぎ声が聞こえていなかったのか聞きたいくらいだ。


 それに聞きたかったのは、なんで帰ってしまったかではない。
 榎本君との間で起きたしまったことがバレていないかどうかである。


 榎本君からセクハラされたんだけど気付いていない? なんて聞けるはずもないが、この反応なら恐らく気付かれていないのだろう。


 よかった……。


 榎本君に原因があるとはいっても、とてもエリナが納得するとは思えない。
 エリナが榎本君にベタ惚れなことも理由の一つだ。
 それよりなにより撮影されてしまっていることが最大の理由だった。


 こんなにねっとり舌と舌を絡ませ合っていたら、いくら目を瞑っていても寝ていたなんて言い訳とても出来ない。完全に自分から舌を絡ませに……、え?


 エリナの頭上に翳されたスマホに、昨日撮られたキス動画が映し出されていた。
 榎本君がスマホをゆらゆら揺らしながら再生していたのだ。
 こっちを見てくる目は、女を見下しきっていて、女に感情が動かないとはっきり分かる死んだ魚の目だった。


 ウ゛ッと潰れた声が飛び出そうになる。
 が、エリナが振り向こうものなら洒落にならないことになる。


 しかし、しかしだ。思っていた以上に、卑猥なキスだった。
 自分のキスシーンなんてそうそう拝めるものではないだろう。
 エリナが榎本君に気付いていないせいで、視線をばたつかせられない。
 否が応でもキスシーンを凝視させられる。


「どうしたのー? ナツキ。鬼みたいに眉間に皺が寄ったと思ったら、急にぼーっ、としちゃって」


 寄られて口角を撫でられるまで、動画に魅入ってしまって固まっていたことに気付けなかった。涎が付いた指先を口の中へと運ばれるも、それを黙って見ていることしか出来なかった。
 エリナの後ろには榎本君がいるのだ。


 はっきり言って、もうどうしたら良いのか分からない。
 経験のないトラブルが何個も同時に起きているような気分だ。
 いや、現実起きている。


「エリナー、ナツキちゃーん朝からレズかー?」


「榎本ー!!」


 どうすることも出来ないまま、エリナは榎本君が手に持つキス動画の方へと首を180度回転させた。捩じ切れそうな勢いで。
 そのまま捩じ切れてどこか遠くに飛んでいって欲しい。
 どうにもならない問題から逃げ出したくて、そんなことまで考えてしまった。


 しかし、榎本君がすかさず動画を消してくれたのだ。
 た、助かった……。榎本君ありがとう……。
 い、いや、違うっ……。すべての元凶はこの男だ。


 なんでエリナはこんな男と毎日いちゃついてるんだ。なんで夢中なんだ。


 それが分かるからこそ何も言えない。身の潔白を証明しても意味がないのだ。
 ――潔白が証明されても誰も良い思いをしないのだ。
 朝っぱらから熱々な2人を見て、ナツキは疲労困憊になりながら思っていた。


「エリナ留守番だわー。ちょーっとばかしナツキちゃんと話してくるわー」


「えー? ここですればよくない?」


 何度か押し問答が繰り返された。そこにナツキが割って入る。
  

「ごめんエリナ。すぐ戻るから。――榎本君着いてきて」


「あやしー、なんかあやしいー! 言えない話するんでしょー!」


 昨日の放課後2人きりになって、今日も朝から2人でいなくなる。
 怪しいと思われるのも当然だろう。
 だからといってこのまま動画をチラつかされたら気が気じゃない。
 問題を野放しにしておくのは、どうにも性に合わない。


                  ※


「一発やらせたら動画も消してくれて、MARSのこともエリナのおじさんのことも教えてくれるの?」


「いーよー」


 廊下に出るなり、無駄なく始まったやり取り。
 交換条件としては悪くない。悪く無さ過ぎる。
 はっきりいって、昨日目が覚めた後もやられた形跡がなくて、奇跡としか思えなかったくらいだ。


 儲けみたいに無事だった身体で、MARSとエリナのおじさんの情報が聞き出せるなら万々歳だ。
 榎本君は、好き放題にやれる状況でもやられなかったんだ、約束は守るだろう。


 校医に扮したオネエのせいで、エリナから泥棒猫でも見るような目で見られていた。昨日久々に登校してその誤解が解けたばかり。
 それが翌日には本物の泥棒猫になるのは気が引ける。
 しかし、仕方がなかった。
 そんな覚悟を決めて部屋に上がったナツキの身体を、榎本は入念に弄っていく。


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