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第1章 始まりの章
13話 成立
しおりを挟む傀儡の術。それは対象者の身体の権利全てを奪う強力な術だ。
当然ながら強力な反面、力を発動させるには厳しい条件が付きまとう。
にもかかわらず、ナツキは1つのワードで軽々と傀儡にされてしまったのだ。
それもあって、ナツキはオネエの忍びとしての能力を過大評価していた。
しかし実際のところは、オネエの傀儡の術の発動にも厳しい条件が必要だった。
準備の為の術と言ったら良いのだろうか。
傀儡の術を掛けるには、事前に暗示を重ね掛けしたりする必要があるのだが、オネエの傀儡の術にも無数の暗示が必須だったのだ。
「これは、精。それは、無。あれも、精。どれも、無」
「はい。はい。そうです。はい」
質の悪い宗教にしか見えない。
質の悪い宗教も暗示を掛けているようなものだから同じに見えて当然か……。
しかし、ナツキには暗示を掛けられた覚えなんてなかった。
少なくとも樽男よりは暗示に掛かりにくいとの自負もあった。
それもあって、暗示を掛けていく様子を見ても当初、訳が分からなかったのだ。
――まさか、暗示を何重にも掛ける下地をしっかり作り込まれていたなんてね。
そもそも昨日今日、突然オネエが女医に成りすました訳ではなかったのだ。
赴任してきた女医が最初からオネエだった。
赴任してきてから今日の今日に至るまで、傀儡にするための下準備がされてきたというのだから驚きだ。
これには正直、樽男の持つ能力・肉分裂と同じくらいに驚かされた。
春から赴任してきたばかりとはいえ、忍者であると気付けなかったのだ。
性別とか、もう色々と違うにもかかわらず。
保健室に行くことも度々あり、気付く機会が何度もあった筈だ。
それなのに気付けなかったのだ。
確かな違和感があっても、それをごまかすだけの信頼関係を築かれてしまったのかも知れない。だからこそ思わされた。
芸当と呼ばれているものも、入念な下準備があって完成される。
それを身をもって知らしめられた。
それ以上に疑問も生まれた。
――いつから伊賀と淫魔は戦っているんだ。
伊賀が人間同士の争いから身を潜めていたとは聞いていたが、その相手が淫魔?
その後、風魔も参戦したと言うが、いつからみんな戦っているんだ。
樽男とお母さんには面識がある。これに関していえば違和感しかない。
お母さんとは、生まれてこの方一度として会ったことがない。
それがなんで淫魔になったばかりの樽男と面識があるんだ?
――あの口振りだと犯(や)られたのは間違いないだろう。
樽男が十年間以上もの間、人間の振りして活動していた?
実はおかあさんが生きていて、最近犯られた?
――恐らく後者だろう。
人間は、淫魔から力だけを借りて半魔人化したり、淫魔に転生したりもする。
逆に、淫魔が人間に擬態して人間社会に溶け込むこともある。
しかし、その存在が明るみに出ないまま十年過ぎるなんて、まず起こりえない。
忍びは淫魔に対する嗅覚が過敏だ。
やはりお母さんは最近樽男に犯られている。
いや、内部に潜り込む為に犯らせた。この方がしっくりくるか。
闇が深いな。政治よりも闇が深い。
「――終わったわ。十個の暗示を仕込んだから、最後のキー1つであなたはもう自爆出来ないわ」
神経をすり減らすのだろう。
オネエの声はいつになく疲れていて、ふざける余裕すら感じられなかった。
「あぁ。構わないよ」
返事をした樽男は好色な顔をしている。
当然か。身体の権限全てを失っても構わないくらいの思い出が作れるらしい。
「ナツキちゃん、大丈夫かしら?」
オネエが見詰めてくる。
「いいよ。24時間好きにさせれば良いんでしょ?」
それが終わったところで樽男の行動の権限全てがオネエに移動する。
そう、樽男に一日嬲られることが、樽男が傀儡になる条件だった。
24時間我慢して無限の時間を奪える。交換条件としては悪くない。
よく分からないが、オネエがしでかしたらしい失態も取り返せるのだろう。
はっきり言って、忍びの道に入ることに躊躇いが消えたことはない。
お役目に優先されるものがなく、いつ死ぬかも分からない。
忍びの道とはそんな謎な道だ。
しかし、オネエの忍者としての生き様を少しだけ肌で感じ、柄にもなくかっこいいなんて思ってしまっている。
最初は、1つのワードで術に嵌めた凄腕の忍者、そうオネエのことを思っていた。
自分にも才覚があるとは思っていたが、世の中すごい奴はいくらでもいると思い知らされた。
実際のところは誰もが目に留めもしない雑草まで刈り取る、そんな入念な下準備に裏打ちされた実力だった。そんな泥臭さをかっこいいなんて思ってしまった。
「ナツキちゃん。ほんとうに、大丈夫?」
覚悟は決まったけれど、あまりしつこく聞くのはやめて欲しい。そもそもその質問は、樽男に抱かれてもいいのかどうかを聞いているようなものだ。
そして、今回巻き込まれた一連の騒動の一番の疑問点はここだ。
女子高生にうつつを抜かし淫魔に身体を乗っ取られるような変態が、この国を牛耳ってきたとは到底思えない。
いや、思いたくない。
アホな答弁繰り返していても、国を動かすことがそこまでちょろいとは思えない。
思いたくない。
もし実際そうなら、すごく嫌だ。色狂いがこの国で一番偉いのはすごく嫌だ。
「野暮だよ。何年秘書を務めたんだ。さぁ、行こうかルームメイドさん」
色狂いの目だった。
そしてこのときまで気付けなかった。
ホテルで殺した樽男、そして犯してきた樽男がこの樽男であることを。
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