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教育係。
しおりを挟む辰が牢に入れられて巳が自室で謹慎してから、数日が過ぎた。 その間、組織の内部は少し騒がしくなったが、卯は依然と変わらずに図書館司書の仕事を淡々とこなしていた。
時計を見ると卯の刻。 丁度良い時間に起きられたことを内心で自分を褒め、卯は少々自慢気に目を細めた。
『ふに¨っ!』
卯は起き上がり、体当たりしようと準備運動のように枕元で伸びをしていたねこを掴む。
「今日は予定があるんだから、さっさと着替えて行くわよ」
逃げようと短い手足をばたつかせてもがくねこに告げ、出掛ける準備を行う。
卯は魔法を使って(まるで魔法少女のように)服を着替え、髪を整え顔に軽く化粧を施した。 どうせ顔は仮面で隠れてしまうが、気分の問題だ。
『どこにいくねこ?』
不思議そうな声を上げるねこに化粧水を揉みこみながら、卯は答える。
「まずは巳のところよ」
『へびはおきてるにゃん?』
「巳自身が起きてるって言ってたのだから、起きてるでしょう」
けっこう早いじかんねこ、と云うねこに卯は溜息を吐く。
『でもねこはやくそくの時間ゆってもねてることあるn「うるさいわね。 どうせあの子は起きてるわよ」
余計な事を言い掛けたねこを乱暴にポケットに突っ込み、憤然とした表情で自室を後にした。
×
「……来てくれてありがとう」
巳の自室の扉を叩くと組織の服を着た巳が現れ、卯に笑いかける。
「彼の方に云われたからって、それに態々従わなくてもいいんだよ?」
自室で謹慎をしている間、卯は毎日巳の元へ通っていた。 仕事が始まる少し前や休憩時間中、仕事が終わった後等、暇が出来たら巳に逢いに行き、相手の体調や今日あったこと等を話した。
「私が好きで来ているのだから、気にしなくていいわよ」
遠慮がちな巳に「あなたが嫌だったら話は別だけれど」と卯は付け加えると、巳は少し驚いた後にはにかんだ。
「そんな事ない。 キミが来てくれる事が、とても嬉しいんだ」
巳に入室を許可され、卯は巳の自室に入った。 爽やかな植物の匂いのする巳の自室は涼し気な風がどこからともなく漂い、時折、風鈴の音が小さく鳴る。
「綺麗な部屋よね」
全体的に紫陽花のような淡い青系統の清涼感のある色で整えられた部屋は、なんとなく「巳らしい部屋」だと卯は感じたのだった。
「そうかな。 ただ物が無いだけだよ」
気恥ずかし気に巳は笑う。 出された冷たい緑茶と水羊羹を、ねこは目を輝かせて眺めていた。
「寒くないかな」
「大丈夫よ。 私の部屋にも、いつか呼んであげるわね」
心配そうな巳に卯は楽しそうに提案し、
「ありがとう。 でも、謹慎明けてからになるだろうから、もう少し先になりそうだ」
それを巳は嬉しそうに受け入れた。
×
「『教育係』?」
首を傾げる卯に、子は頷く。
「順番逆になっちゃったけどねん。 今回、卯っちは最上位幹部に為り立てだったし、皆ある程度余裕があったからサポートができたけど、次はそうはいかないかもしれないデショ?」
確かにそうだと、卯は考える。
「それに、もう少し幹部として馴染んでほしい事や、知っておくべき事があるんだよん」
巳と一時の間楽しく過ごした後、卯は予め子に呼ばれていた為に少し惜しみながら部屋を出た。 が、何故だか巳も共に部屋から出てきた。
「出ても大丈夫なの?」
「子に呼ばれたみたいで」
心配そうに問う卯に、よくわからないけど、と巳は首を傾げた。
「且つ、巳っちの監視役も兼ねてるよん。 巳っちは『監視付きでもう一度仕事をやり直す』ってことで、卯っちと一緒に再度お勉強だよん」
子は卯と巳に告げる。 卯と巳は、子の後ろに立つ最上位幹部を見る。
「ほい、酉っち。 自己紹介」
もしやとは思っていたが、子の後ろに立っていた酉が卯の教育係(且つ巳の監視役)になるようだ。
「卯クンの教育係兼、巳クンの監視役を任された『酉』だよ。 よろしく☆」
「……えぇ…」
胡散臭く、芝居がかった仕草で恭しく礼をした酉に、卯は心底嫌そうに顔をしかめる。
「何でそんな顔するのかな」
体を起こし、酉は苦笑する。 だって、と少し不満げに巳を見上げると、戸惑った巳と目が合った。 ほら、巳だって嫌がってる。(嫌がってはいない)
「なんと言っても、申っちと戌っち、午っちの教育係の担当をしてくれた大ベテランだからねん」
子は変なものを見たような目で酉を見たまま、卯と巳に解説する。 ずっと思っていたが、酉は一体いつからこの組織にいるのだろうか(そして他の最上位幹部達の年齢も気になる)。
「それは『押し付けられた』の間違いだと思うんだけど」
笑顔を張り付けたまま酉は子に云うが、子は全く取り合うつもりはなさそうだった。
「あなた、仕事はどうしたのよ」
どうにか変えてもらえないか、と(半分駄目元で)思いついた事を酉に問いかけるが、
「生憎、調査の仕事は無いし、研究所はオレが居なくても回るようにしてあるからねぇ」
一切の問題は無いと、酉は答える。
「情報棟の所もそうだよね」
にこりと笑顔で図星を付かれ、卯は言葉を詰まらせる。
「……魔法少女の粉回収の仕事は」
「そりゃあもう今月分は終わってるし」
苦し紛れに(と言いつつ、理由にはなるだろうと打算的に考え)訊いてみれば、とんでもない返答があった。 巳も目を見開いている。
「今日は2日よ? あなた馬鹿じゃないの」
「おまけに今は朝だしねん」
卯の本心から思わず零れた言葉に子も呆れながら言葉を追加する。 回収して、書類書いて、申請するのをたった1日で済ませたようだ。
「酉っちはねー、ぶっ続けでいろんな世界回って大量にキラキラを回収してきたんだよん」
「意味分からないわ」
よくわからない執念が若干怖くなり、卯は巳の後ろに隠れた。 戸惑いつつも巳は、安心させるように卯の背に手を回してくれた。
「ま、兎に角。 これから卯っちにも最上位幹部としてしっかり仕事をしてもらいたいんだよねん」
「ちゃんと、やってるつもりだったのだけど」
「『図書館司書』としてはデショ?」
少し不満そうに答えた卯に、子は無情に言い返す。
「『仮の面最上位幹部』として、担当の世界を治めてもらわなきゃなんだよん」
「担当の、世界……」
そういえば、と『最上位幹部に為ると世界を治める』と噂で聞いていたことを思い出した。
酉が卯の傍まで歩み寄り、卯に少し大きめの鍵を手渡した。
「これは、君の担当場所に繋がるゲートの鍵だよ。 ……まあ、今回は『オレの世界』で色々と体験してもらうんだけど」
そう言って酉は卯と巳を振り返り、
「二人とも付いておいで」
長いクロークを翻し、何処かへと歩き始める。 卯は鍵を大事に仕舞い、慌てて巳と共に酉の後を付いていく。 振り返ると「いってらっしゃーい」と子が手を振っていた。
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