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恐怖。
しおりを挟む――なんでだ。
誰かにずっと見られている。
気の所為なんかじゃない。
――どうして、
その視線は暗闇の奥から、ずっと見ている。
見ても何も居ないのに。
誰かに付けられている。
歩くとゆっくり、走ると同じように走る。
同じ速度で、誰かに付けられている。
ズル、ズルと、何かが這い寄る音が聞こえる。
それは日に日に近付いている。
×
「……怖い」
ぽつりと、若い子供は呟いた。
誰がに見られているのに、誰かに付けられているのに、姿が見えない。
少し前までは気のせいかも、と思える程に回数は少なかった。
しかし、最近ではずっと、3人は視線を感じていた。
「一体、なんだってんだ!」
若い男は忌々し気に吐き捨てた。 だが、男の目の下には濃い隈があり、やつれていた。
「誰が見てるっていうの」
震える若い女の以前のような気の強さは形を潜め、ただただ怯えて蹲っている。
何かが、近付いてくる。
姿は見せずに、存在感だけがそこにあった。
ざり、ざり、ざり。
壁の向こうから、何かを引きずるような音がした。
「……また、来た」
若い子供は呟く。
×
拠点の物の位置がずれていた。
閉めていた筈の窓が開いていた。
誰かの手の跡が残っている。
誰かの気配が、そこに有る。
「――どうして?!」
もう耐え切れない、とばかりに若い女は叫んだ。
「……分かんねぇよ」
静かにしろ、と若い男が苛立ちを隠さずに返す。 どんなに移動しても、どんなに拠点を変えても、『何か』が自分達の周囲を付け回っている。
訳の分からない状態に、3人の心は限界だった。 ――ただでさえ、仮の面からの追手が来ないか気にしている状態だというのに。
「……絶対、誰かがいる筈なんだ」
若い子供は騒ぐ二人から離れ、自身に言い聞かせるように呟く。
現在3人が拠点にしているのは、とある治安の悪い世界の、人間が多い街だった。 そこで、格安のゴミ溜のような宿屋で寝泊りをしていた。
顔を洗いに、子供は洗面台に立つ。 申し訳程度の蛇口と器しかない、藻の生えた小さな洗面台だ。 レバーを捻り、水垢や赤カビ塗れの蛇口から塩素臭の強い水道水が流れる。 それを自作の濾過装置に流し込み、そこから出た水で顔を洗う。
顔を洗い鏡を見ると、にまっと嘲る様に嗤う自分が――
「うわっ?!」
子供は思わず飛び退き、手に持っていた濾過装置を取り落とした。
再び、鏡を見る。 いつもの自分の顔だった。
「……気の、せい」
「ちょっと、急に叫ばないでよ!」
「そうだ、うるせぇぞ!」
子供の叫び声で、男と女が文句を言いに集まった。
「ここ、狭いんだから集まらないで――」
子供が顔を顰めて二人を振り返り、言葉を止めた。
「どぉーもぉ、皆さぁーん」
洗面所の出入り口を塞ぐように、人の形をした犬のような何かが立っていた。
「確か……仮面の、」
男の掠れた声が聞こえた。
「この子、落としていったでしょう?」
と、手に乗せた、蛞蝓と鼠を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような怪物を、3人に見せる。
「っそ、そんなの知らない、」
女が言い返すが、その声を聞いた途端、鼠蛞蝓はとても嬉しそうに蠢いた。
「ひっ、」
「おやぁ、アナタが『不安』ちゃんの持ち主でしたか」
怯える女を見、ケタケタと声を上げて笑う。
「じゃあ、『焦り』は……そこのカワイイ子ですかぁ?」
と、子供の方をとじゅるり、と舌舐めずりをする。
「な、なんの用だ?!」
よせば良いのに、男が訪問者に問う。
「あ、そうそう。 一番大事な用事を忘れていました」
鼠蛞蝓を肩に乗せ、目元の見えない犬人は、にまっと歯を見せ笑った。
「早速ですが、死んでいただきますよ?」
というや否や、力強い拳を3人に振るった。
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