仮の面はどう足掻いても。

しの

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女子トーク(?)。

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『ひどいにゃ。 ねこを溺れさせる気ねこ?』

ぷーすか、文句を垂れる『ねこ』は湯船の底に居る。 小さな口から、小さなあぶくが溢れて水面へ上ってゆく。

「何? 今の状況でよくもまあそんな事が言えるわね。 空気のある所に出てから言いなさいよ」

『にゃ』

湯船に肩まで浸かって息を吐いた。 あまり熱すぎないこの温度が丁度良い。


×


 『ねこ』は水面にぷかぷかと浮いている。 が、しばらく経つとぷくぷくと空気を吐き出しながら湯船の底に沈んでゆく。 湯船の底にしばらくいた後、再び水面に浮上してきた。

「……それ楽しいの」

再び沈もうとした『ねこ』に卯は問う。

『たのしい』

湯船の底で『ねこ』は上機嫌そうだ。

「……あっそ。 私はもう上がるわよ」

『ねこもあがる』

水面に浮上してきた『ねこ』を両の手で掬い取り、浴場を後にした。


×


 脱衣所で、巳に出会った。 彼女は今から入るようで、タオルを抱えている。 艶やかな黒の髪と薄花色の瞳は清流のような冷たい温度を感じさせるが、いつ見ても綺麗だな、と卯は思った。 疲れているのか、少し顔色が悪いように思えた。

「……隠さないのか」

 少し呆けた様子で巳は言う。 卯は「何故隠さなければならないの?」とばかりに巳に答えた。

「美しいものを隠す意味が分からないわ」

と。

 卯は『幹部たる自分』の為に、骨身を惜しまず美しく居続ける努力をする様になった。 栄養バランスの整った食事に、適度な運動や睡眠。 肌の調子も良くなるように、全身満遍なく手入れをしている。

「……そう、か?」

 微妙な顔をした巳だったが、「……まあ、羞恥に関しては人それぞれか」、と何やら自分で納得させていた。


×


 食事処へ行き、決められた夕飯を摂る。 組織内に居る時は、最上位幹部は朝食と夕食が決められており、昼食や間食については、いつ、どこで(誰と)食べたのかを記しておけば、好きに食べて良いことになっている。 仕事の都合で昼食の時間がずれることは良くあるからだ。

 ピーク時から少しずらしておいたおかげか、食事処の中は人が少なめだった。 楽しそうに談笑する声が聞こえる。 仕事の機密事項さえ話さなければ、どうでも良い。

 運ばれた食事を食む。 そういえば、食料が来ないとか言っていたような気がするけれど、どうなったのだろうか。


×


 食事を終え、他にすることもないので住居領へ足を運ぶ。

 住居領は未申の方向に、牙と目の装飾が印象的な紋様のゲートの先にある。 確か、『饕餮紋とうてつもん』と呼ばれる紋様だ。 『仮の面』構成員でなければ入れないように、厳重なチェックがゲートを通る際に自動的に行われる。

 住居領は、沢山のドアが並んだ建物で、ドアの向こうに構成員個人用の部屋がある。 しかし、ドアの奥に部屋が直接あるわけではないらしい。

 ドアのある位置と、部屋から見える景色の位置がずれているのだ。 ドアと部屋の位置は何の関係もなく、ドアの位置が5階の右から2番目に有ったとしても部屋の位置は7階の左端、なんてこともある。 ドアの位置と部屋の位置は申請をすれば(ある程度は)自由に出来るらしい。

 住居領のドアは女子のみの領、男子のみの領、どちらも混ざっている領があり、部屋も同様に分けられている。 混ざっている方は少し安い。 因みに、住居領に住むための料金は毎月給料から引かれている。

 卯のドアがあるのは女子専用の領だ。 幾ら最上位幹部であっても、勝手に異性の領に入ることは許されない。 一応。

 卯は住居領の自分の部屋に繋がるドアの前に立ち、ドアノブに触れてロックを解除し自室に入った。

 部屋に入るなりベッドに飛び込もうとする『ねこ』を魔法で引き上げ洗面所へ送り込み、用意していた清潔な桶に突っ込む。

 自身の手洗いうがいを済ませてから桶にぬるま湯を張り、『ねこ』を洗う。 洗い終えると『ねこ』は用意してあったふかふかのタオルで自身を包み込み、ぽふっと膨らんで熱い空気を放出した。

『しっかり乾いたねこ』

「はいはい。 好きになさい」

『ふにー』

手を乾かしつつてきとうに『ねこ』に返事すると、嬉しそうにベッドへ潜り込んでいった。

『しっかり寝るのにゃ』

「分かってるわよ」

 毛布の中から聞こえるねこを放って置いて就寝用の服に着替える。 明日の予定を確認したら後は寝るだけだ。

 ベッドに腰掛け、暴れる『ねこ』を引っ張り出して明日の予定を確認すると『明日、巳の刻より最上位幹部用の会議室にて招集案件。 調査結果の報告』そうメッセージが届いていた。
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