仮の面はどう足掻いても。

しの

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多肉植物って意外と美味しそうだよね。

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 ――しばらくして。 

 ぺちぺちと弱いようなそうでもないような力加減で手を叩かれてふっと意識を戻した。 『ねこ』が卯の手を叩いているようだ。

「……どうしたの」

 先程追加された資料や、新しく仕入れた本の情報をデータベースに入力する手を止め、卯は『ねこ』に視線を向ける。 何か訴える『ねこ』は、ぴんっと真っ直ぐに尻尾で時計を指した。

「……お腹が空いたのね」

 時計は午の刻正午の辺りを指していた。 そういえば休憩の時間だと気が付き、小さく息を吐くと席を立った。


×


 午の方角にある食事処は、構造上では卯のいる情報棟を背に立てば左手側。 つまり、子の研究所の反対側にある。 真反対の位置にあるらしい酉の研究所と比べれば、随分と近い位置だ。 そして、大まかな組織の案内図を見れば、卯の情報棟の隣になっている。 しかし。 

「……ちょっと遠い、わね……」

建物自身がかなり大きい為、たかが隣でも長い距離を移動しなければならない。 おまけに、詳しい案内図を確認してみれば、卯の情報棟と、午の食事処との間には、辰巳の娯楽施設のエリアが入っている。

 子、卯、午、酉の主要施設と違い、丑寅、辰巳、未申、戌亥の担当する区域は少し狭い。 担当している区域の広さは2/3ほどになっているが、元から随分と広い主要施設の2/3なので、やはり広い。 簡単に移動できる装置とかないのかしら、と思いながら食事処に向かう。 と、

「だぁーかぁーら、何でこのオレが治療を受けねぇといけねぇんだ!」

 突如響いたその声に、卯は思わず振り返る。 すると、派手な雰囲気で妙に目立つ男が2人の女に抑え付けられていた。 抑えられていた派手な男は確か『寅』の筈だ。

 寅は丑程ではないが割と背の高い、比較的しなやかな筋肉を付けた派手な男だ。 琥珀と白、黒の混ざった不思議な毛色の髪を、いつも整髪料で綺麗に整えている。 寅は大変に自身家《ナルシスト》だが、割と良い奴である。 しかし、絡まれると(かなり)厄介らしい、と耳にしたことがある。

 目元のみを隠す仮面のデザインベネチアンマスクは派手ではあるものの、寅自身の髪の色と金の瞳とよく似合っている(現在、拘束されてみっともない様になっているが)。

 その寅の腕を後ろで拘束する戌は、小豆色のショートヘアに、髪と同じ色の大きな犬耳と長めの尻尾が生えた女性である。 重たく長い前髪が目元を隠しており、他の最上位幹部と違い、何故か仮面ではなくマズル口輪を着けている。

 戌に協力する様に寅の上に乗る亥は、動いた拍子でずれたらしい顔全体を覆う猪の被り物を直した。亥は他の最上位幹部達と違い常に被り物で顔どころか側頭部、後頭部までもを隠しており、髪の色すら見えることはない。何故、一切顔が見えない様な被り物になっているのかは、卯はわかっていない。

 そして、拘束されている寅の側で、鎧を纏った誰かがその様子を見守っていた。 鎧の中身は――恐らく、側に辰がいるので巳だろう。 『辰の側にはほぼ必ず巳が居る』と、『仮の面』この組織では有名な話だ(卯は知らなかったが)。

「儂の方からも頼まれてくれないか」

辰は落ち着いた声色で寅に言う。 その顔を隠している雑面が、所在なさそうの揺れた。 頭を垂れようとすると、巳は

「あ、貴方様まで下げる必要はございません」

と少し慌てたように辰に言う。 辰が動いた拍子に、束ねている長い白銀の髪が水面のように光を散らした。

「元はと言えば、私の不注意ですので……」

巳は申し訳なさそうにちらと寅の方を見る。

「……アンタまで頭下げると断り難いじゃねぇか」

寅は気不味そうに目を逸らし、2人の頼みを受け入れる事にしたようだ。

「ようやく大人しく治療を受ける気になったようだね」

呆れたように亥は溜息を吐いた。

「大人しくすりゃこんなみっともなく連行される事なんてなかったんですよ」

縄を引きながら、はん、と戌は鼻で笑う。

「ただ単に巳の毒を受けただけじゃねえか」

戌と亥に引き起こされる寅は、なんとも無いように不貞腐れていたが、結構大した、入院するに足る内容だと卯は思った。


×


 組織内をしばらく歩いているとようやく、食事処特有の何らかを調理している匂いが漂ってきた。 その匂いに誘われ、くぅ、と卯のお腹も小さく鳴ってしまった。

「……っ」

周囲に聞かれていないか少し気になって卯は周囲を見渡す。 と、

「申くん申くん、あんよが上手~」

ゆったりとした声で未が申の手を引いていたのが見えた。


 未はバイザー日除状の、羊を模した面を付けたおっとりした女性で、よく申の近くに居る。 彼女はのんびりした口調で話し、少し言葉の拙いところがある。 

 未は側頭部の辺りから、くるくると巻く角が生えており、仮面はその角に引っかかるように着けている。 髪色は紫水晶色(#e7e7eb)の、柔らかいくるくる癖毛のショートヘアで、髪によく似たふわふわの毛並みの肩掛けを羽織っている。 仮面の目は閉じており、目の色を知ることはできないが、綺麗な色をしているような気がした。


「俺は赤ん坊じゃねぇよ」

手を振り解こうとする申の手をがっしりと掴んだまま離さない未は

「興味本位で動き回るくせに」

拗ねたように言う。

「『子供の冒険』だって言いたいのか?「やぁ、キミは新しく来た卯ちゃんだね~?」

申が言い返そうと口を開いたその時、急に此方を見て未は言い合いを止め、卯の方へよたよたと走り寄る。 そんな未に

「俺の話聞けよ」

と申はうんざりした様子で付いてきた。

「うーん、可愛いなぁ」

周囲に構わず卯を愛で始めた、かなりマイペースな未へ視線を向けると

「ふわふわで乗り心地良いんだよねん」

子が乗っていた。 未のふわふわした毛並みに半分ほど埋まっていて、気持ちよさそうに見えた。


×


 食事処は言うなれば食堂なのだか、少し洒落た雰囲気をしていた。 それは清潔感のある白や落ち着いた木の色をベースにした内装で、所謂いわゆる、人間界の“カフェ”や“レストラン”のようであった。

 入り口の辺りに券売機が、食事処の内部には座る為の席の他に、複数の大皿に乗った食事が有ったので、食券を予め買っておくシステムと、シッティング・ビュッフェのようなものが混在しているようだ。

「ここの飯は無料《ただ》だから、好きな時に来て食って良いんだぜ」

 卯は食堂を初めて使うのだと話すと、申はそう言って皿を持って食事を取る為に席を離れた。

「皆さん、お揃いですね。 何かあったんですか?」

 掛けられた声に顔を上げると、爽やかな笑顔の午が居た。 午の普段用の仮面は、目元が大きめに空いたアイマスク状で、顔の左半分を隠すように顔の下まで、乳白色のレースが下がっている。

「何も。 ただ偶然集まっただけだよん」

子はテーブルに置いてあったメニューを見つつ答える。

「今朝もだったけど、相変わらずキラキラだねん」

 メニューから顔を上げて子は眩しそうに目を細めた。 緩やかな金髪に長い睫毛に縁取られた碧眼で、綺麗に整った容姿をしている。 その整った容姿に洗練された上品な仕草と、『どこかの国の王子だ』と言われても違和感は覚えないだろう。

「……そうですかね?」

と、子の言葉に困った様子で、午は首を傾げた。 少し儚い雰囲気に周囲の一般戦闘員達モブが溜息を吐くのが聞こえた。

「ねぇ午くん、『今日のおすすめ』ちょうだい、な~」

 眠そうに未は言う。

「卯ちゃんにもぉ、おんなじの。 おねがい、ね……」

「かしこまりました」

 段々と前屈みになり言葉がゆっくりになっていく未を、午は曖昧に微笑みながら背凭れに凭れさせるように倒した。 その会話を聴きながら、食券に取り分け形式、オーダーシステムと、色々やり過ぎじゃ無いのか、と卯は思った。


×


 注文を受けてから少し経つと、料理の乗った皿を複数持って午が戻った。

「今日のおすすめはこれですよ」

そう言った午に差し出されたものは

「……草?」
「やったぁ『草』だぁ~」

不思議そうな顔をする卯と、とても嬉しそうな未。 

 目の前に出されたそれは、皿に乗っただけの只の草だった。 草は草叢くさむらでよく見かける植物によく似ていた。 しかし何だか、かなり幅と厚みが有る。

「あんなものの何処が良いんだか」

食事を取って戻った申は、呆れた顔で肉と果物が多めの昼食を摂っている。

「『分かる奴には分かる』ってヤツ、デショ?」

興味無さ気な子は、未の注文のついでに頼んでいた普通のサンドイッチをむ。

「これは、妖精の国にしか生えてない珍しい植物で、栄養価や保有魔力が多いんですよ」

 爽やかな王子スマイルで午は『草』を示した。

「資料を見る限り、貴女も平気そうだったので出させていただきました」

恐る恐る口に含むと、爽やかな香りが口いっぱいに広がる。 アロエのように少し肉厚な葉は、スナップエンドウを噛んだ食感と良く似ていた。 林檎や柑橘類のようなフルーティな風味の『草』は、割と卯の口に合った。
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