薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの

文字の大きさ
上 下
199 / 200
お試し期間

199:自己開示。

しおりを挟む
 結婚を明日に控えたとある日、

「何処か、出掛けたい場所や欲しい物等有りますか」

そう、フォラクスは問いかけた。

「んー? 急にどうしたの」

本から顔を上げ、ラファエラは彼の顔を見る。

「……埋め合わせ、成るものをしたいと思いまして」

「埋め合わせ?」

彼女が問うと、気不味そうに目を逸らしフォラクスは言う。

「婚約した日に、共に帰れなかったでしょう」

「ん。そういえばそうだったね」

ぱたん、と本を閉じてラファエラは頷いた。実のところ、別に忘れていたわけでないが、彼の職業柄仕方のないことだろうと諦めていたのだ。

所謂いわゆる、デートなるものです」
「デート!」

 思わぬ言葉に彼女は目を輝かせる。だが

「んー、今日は良いかな。一緒にお家でゆっくりしよ?」

少し考えてから、ラファエラは提案をした。

「ゆっくり、ですか」

「そう! お家デートだよ」

「ふむ……貴女が望む成らば」

フォラクスは微笑み、同意する。

「それでさ、きみのこと、もっと教えてよ」

 前のめりになり、ラファエラは彼に笑顔を向けた。

「……其れは、何のおつもりで?」

「ただの興味と好奇心」

訝しげなフォラクスに、彼女があっさりと告げる。

「然様ですか。……まあ、知った処で、何も面白くはありませんよ」

「面白いかどうかは、わたしが自分で決めるよ」

つれないことを言うので頬を膨らませて抗議すると、

「然様ですか。では、答えられる限りは答えて差し上げましょう」

彼はそう言ってくれた。

×

「ずっと思ってたんだけど」

 早速、ラファエラは疑問を投げかける。

「何でしょう」

「きみ、魔術じゃない何かを使ってるよね。なんとなくだけど、猫のお家の『占術』ってやつともちょっと違う

「……おや。お気付きで?」

少し目を見開いた後、にこ、と彼は微笑んだ。

「そりゃもう、さすがに」

 彼女は力強く頷く。

「私、実は『呪術』をたしなんで居ります」

 笑みを深くして、彼は答えた。訊かれたことであるし、別に秘匿してもしなくとも、彼自身は構わなかったので、素直に言う。

「うん。前もちょっと聞いたけど、それなに?」

 実は、ラファエラはフォラクスが稀に使う『魔術でない術』について調べようとしたことはあった。だが、屋敷の書庫にはそれに関連する様な書籍は一切見つからず、図書館にも『でたらめ』『伝承』『噂話』などと言った、曖昧な情報しか得られなかったのだ。

「魔力ではなく、生命力……まあ、気、念とも呼びますかね。其の様なものを使用する術で御座います」

「ふーん?」

 フォラクスは自身に関連する物事に興味を持ってくれたことが嬉しいのか、少し嬉しそうな様子だった。
 ちなみに、呪猫フェレスで使われている『占術』は魔術と呪術の中間のような術である。それでもかなり、呪術よりも魔術に近い部類のものだ。

「呪術は中途半端に手を出すと使用者が死ぬ術で御座いますゆえ、貴女には勧められませぬが」

 ある程度は答えはするが、教えてられるのは概要だけだと彼は言う。

「そんな物騒なもの、たしなむやつなんて普通居ないでしょ」

 眉を寄せ、ラファエラは答える。
 概要を聞いただけでも結構やばめの術だった。彼が掻い摘んで話した内容は全て、かなりの体力や気力が無いと続かないだろう、と容易に想像できるものばかりだ。

「おや、貴女がそれを言いますか『薬術の魔女』殿」

口元に手を遣り、フォラクスは上機嫌に笑みを浮かべる。

「えっ、なに? なんか盗み聞き?」

 ラファエラが覚えている限り、『薬品を嗜む』なんて話は友人達の前でしかした覚えがない。

「おっと、……口が滑ってしまいましたね」

「なーんか、わざとらしい」

薄く微笑むフォラクスを、ラファエラはジトっと軽く睨む。

「ふふ……処で。私も、貴女に色々と問いたい事が有るのですが」

「うん、なに?」

 彼が声をかけると、彼女は首を傾げた。何となくで話を逸らされてしまったが、気にしないことにする。

「貴女の御実家について、なのですが……」

言い難そうな、少々気恥ずかしそうな様子でラファエラに視線を向けた。

「あ。そういえばわたし、きみにそういうお話あんまりしてなかったね」

 はっと気付き、「ごめんね」と彼女は謝る。

「いえ、単にそう言った機会が無かっただけで御座いますゆえ、其処は気にせず。ただ、土地のの場所に有るかぐらいは教えて頂きたく」

「南……えっと、兎の土地にある『不可侵領域の森シルウェントス』だよ」

 考えるように少し目を逸らした後、ラファエラは答えた。
 『不可侵領域の森』とは、国や家柄土地関係なくそこに存在しており、なぜか干渉ができない森のことだ。そして不可侵領域の森は一箇所だけでなく、国の複数の場所に点在している。南部をシルウェントス、北部をゲノドヴェルグと呼ぶ。

「成程。書類では確認致しましたが……本当に其処にお住まいとは」

「うん。おばあちゃんのお家があるんだよ」

 驚くフォラクスに彼女は頷く。そこは綺麗な水や豊かな自然が豊富に有り、薬草もたっぷりあった。

「其れで。実は私、其の土地には足を踏み入られぬのです」

「え、そうなの?」

突然の彼の告白に、ラファエラは目を見開く。

「えぇ。特に『古き貴族』の血が混ざっておりますので」

 残念そうに目を伏せ、フォラクスは答えた。

「そっかー」

 釣られて、彼女も「一緒に行きたかったな」と眉尻を下げる。
 なぜか、古き貴族の者は不可侵領域の森には入れないらしい。それは持っている魔力や色々が原因かだと言われているが、詳細は不明である。

「私が其処へ入る為には、恐らく貴女のお祖母様の許可が要るのだと思います」

 彼はそう告げる。

「ふんふん」

相槌を打ちつつ、ラファエラは「(おばあちゃんの家に帰るならいつ頃かな)」と思考していた。

「許可が降りるか否かの確認だけで良いので、して頂けると嬉しいのですが」

「うん、いいよ」

 彼の頼みに、彼女は任せて! と頷く。

×

 それから、二人は互いの気持ちを確認し合った。

「……此の時期に言うのは、あまり宜しく無いのは理解しているのですが」

 前置きをして、フォラクスは彼女を見る。

「なに?」

「一緒になれるか、どうも不安なのです」

見上げるラファエラに、彼はそう告げた。

「私には、宮廷魔術師としての付き合いが有り、其れに貴女を連れていかねばならない機会も増えるかと思うのです」

「うん」

確かにそうかもしれない、とラファエラは頷く。

「……礼儀作法は、大丈夫でしょうか」

「礼儀作法?」

 少し目を逸らしてから、ちら、とフォラクスは彼女に視線を向けた。

「えぇ。貴方、苦手でしょう?」

「ん。でもまあ、」

礼儀作法の練習をした日々を思い出したのか、彼女は口を少し尖らせる。

「はい」

「きみの為なら、頑張れるよ」

 ラファエラは彼に笑って見せた。

「…………」

「どうしたの」

黙ってしまった彼に首を傾げると顔を逸らされてしまう。

「……なんでもありません」

「照れてる?」

 逸らされた顔を覗き込むと、彼は首を振った。

×

 お家デートでは違いのことを話したり、昼食を分担して作ったりして過ごす。外に出なくとも十分に楽しく、思いつきではあったけど良い選択をしたな、とラファエラは一人頷いていた。

「私の言う事を一つだけ、聞いて下さいませんか」

 夕食と風呂を済ませ、二人はいつものように触れ合いを行っていると、ふとフォラクスは呟いた。

「なに?」

「私の元から居なくならない、と」

首を傾げれば彼はそう告げる。だが

「え、嫌だよ」

ラファエラは彼を見上げ、きっぱりと言い切る。

「だって。それは、そういう『お願い』で叶える事じゃないよ」

 そして、目を見開いて固まった彼に、断った理由を話す。

「わたしと、きみ。だよ」

「……そうですか」

 「そうでしょ」と同意を求めると、フォラクスは目を細めて嬉しそうな様子だった。

「また、保留になっちゃったねー」

くすくすと彼女が微笑むと、彼も小さく笑う。

「……以前、『愛等分からぬ』と云いましたが」

 ラファエラの白い頬を撫でて、フォラクスはぽつりと零した。

「うん」

「両親や本家の者から、『愛情』とやらを受け取った事が無いのです」

頷けば、彼は目を細める。

「教育という名の戒め以外、受け取った事は有りませぬ」

その様子が、少し寂しそうに見えた。

「出来なければ『出来損ない』だとなじられ、『役立たず』だと殴られ」

言葉を語りながら、フォラクスは彼女に優しく触れる。

「常に呪を飲み、毒を喰ろうて居りました」

その様子は、実に『慈しんでいる』ように感じられた。

「なので、『愛』等というものの認識が貴女と違う恐れが有ります」

 目を伏せ、彼は言う。

「ずれて、歪んでいるのだと思います」

自身に縛ろうとする事も、捕らえようとする事も、彼にとっては『愛情』の一つだった。

「其れに。私の身体は、呪と毒が無ければまともに動かないのです」

毎晩、自身の身体を蝕むと知りながらも呪いをかけ続け、蝕む呪いを新しい呪いで歪めて、動けるようにしているのだ。

「恐らく、長く共に居れば貴女にもその影響が出ます。……具体的には分かりませぬが」

 自身しか信じられなかったからこそ、彼は自身を犠牲にして自身を呪っていた。

「貴女は、斯様な私でも……宜しいのですか」

「むーん……?」

 フォラクスの独白に、ラファエラは少し首を傾ける。

「人の愛し方なんて、決まってる訳じゃないし」

 「(なにゆってんのかイマイチわかんないけど)」と内心で思いながらではあったが、それが彼の本音なのだろうと、その言葉に彼女は向き合った。

「わたしは嫌だったらちゃんと嫌って言うし、色々と探っていけばいいと思う」

 それにね、とラファエラは言葉を続ける。

「毒にはわたしすっごく耐性あるし、解毒剤もすぐ作れるし」

大丈夫、とフォラクスを安心させようと、その背を優しく撫でた。

「呪い? とかはよくわかんないけど、何とかなるよ! ……たぶん」

「多分、ですか」

 最後の言葉に、彼は呆れた様子だ。

「他にも言いようがないし」

「まあ。貴女がそう仰る成らば、のでしょうね」

口を尖らせるラファエラに、フォラクスは小さく笑う。

「貴女は、私の事を『好き』だと仰いました」

「……うん」

 改めて言われると、大分恥ずかしいなと、彼女は頬を染める。

し、宜しければ……私を」

 一度目を伏せ、フォラクスはふたたびラファエラを見る。

「……の私を、『愛して』下さいませんか」

熱を孕んだ声だった。

「うん」

彼の言う『愛』は、恋人同士のものではなく家族同士で生まれる感情のことだと分かる。だが、それでいて『自分だけを見て欲しい』と願う身勝手なだとも。

「以前申し上げた通り、わたくしは愛が分からない」

「うん」

「ですから、愛してほしいのです」

「……うん」

「出来損ないで星にも届かず魔道化け物にまで堕ちた、此の私を」

 フォラクスはラファエラの両の手を取った。

「私は。可能な限り可能な方法で此の身で出来得る限りを、一生をもって貴女を愛します。……だから」

「うん。きみは『できそこない』なんかじゃないし、絶対に『愛』を知ることができる。だから」

 彼の、深い緑色の目を見つめる。
 きっと、きみは誰かに愛され認められたかったんだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと愛するから」

ラファエラはフォラクスを強く抱きしめる。今まで貰えなかった分を、代わりに自分がめいいっぱい与えてあげるのだと。

 明日はいよいよ、結婚する日と決めた虚霊祭の日だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...